エンティティ抽出とは

エンティティ抽出は、プレーンテキストから名前、場所、日付などの特定の情報を自動的に識別して抽出するプロセスです。固有表現抽出(NER)、エンティティ識別、エンティティ チャンキングなどの用語で呼ばれることもあります。

文章や段落がぎっしり詰まったドキュメントがあり、そこに記載されている人名、地名、組織名をすべて抽出したいとします。エンティティ抽出では、自然言語処理(NLP)ML、ディープラーニングなどの AI 技術を使用して、大量の非構造化テキスト内の名前、場所、組織などの重要な情報を自動的に特定して分類します。

エンティティとは

エンティティ抽出のコンテキストでは、「エンティティ」とは、テキスト内の特定の情報またはオブジェクトを指し、特別な意味を持ちます。これらは、システムが特定して分類できる、現実世界のコンセプトや具体的な言及であることがよくあります。事実情報を伝える重要な名詞または名詞句と考えることができます。

一般的なエンティティのタイプ:

  • 人物: 個人の名前(「Sundar Pichai」、「Dr. Jane Doe」など)
  • 組織: 企業、機関、政府機関、その他の構造化されたグループの名前(「Google」、「世界保健機関」など)
  • 地域: 地理的な場所、住所、ランドマーク(「ニューヨーク」、「パリ」、「米国」など)
  • 日時: 特定の日付、日付範囲、または時間表現(「昨日」、「2025 年 5 月 5 日」、「2006 年」など)
  • 数量と金額: 金額、割合、金銭に関連する数値表現(「300 株」、「50%」、「100 ドル」など)
  • プロダクト: 特定の商品またはサービス(「iPhone」、「Google Cloud」など)
  • イベント: 会議、戦争、祭りなど、名前の付いた出来事(「オリンピック」、「第二次世界大戦」など)
  • その他の特定のカテゴリ: アプリケーションによっては、エンティティに役職(「CEO」など)、電話番号、メールアドレス、医療コード、または特定のドメインに関連するカスタム定義の用語を含めることもできます。

目標は、このような重要な言及を特定し、事前定義されたカテゴリに割り当てることです。これにより、非構造化テキストがコンピュータで処理および解釈できるデータに変換されます。

エンティティ抽出の仕組み

エンティティ抽出の目標は、非構造化テキストを構造化データに変換することです。通常、これは次のワークフローで行われます。

  1. テキストの前処理: テキストを分析の準備が整った状態にします。
  2. エンティティの識別: テキスト内の潜在的なエンティティを見つけます。
  3. エンティティの分類: 特定されたエンティティを分類します。
  4. 出力: 抽出した情報を構造化された形式で提示します。

テキストの前処理

最初のステップは、テキストを分析の準備が整った状態にすることです。これには、次のような手法がよく含まれます。

  • トークン化: テキストを単語やフレーズなどの小さな単位に分割します。
  • 品詞タグ付け: 各単語に文法タグ(名詞、動詞、形容詞など)を割り当てます。エンティティは名詞または名詞句であることが多いため、文法構造の理解に役立ちます。
  • レンマ化 / ステミング: 単語を基本形または語幹に還元して、バリエーションを標準化します。一般に、単語の意味を考慮するレンマ化が好まれます。
  • ストップワードの除去(省略可): エンティティの識別にあまり貢献しない可能性のある、「the」、「and」、「a」などの一般的な単語をフィルタで除外します。 一部のストップワードは固有表現の一部になる可能性があるため(例:「United States of America」、この手順は省略可能です。
  • 文のセグメンテーション: テキストを個々の文に分割し、ローカル コンテキストを維持します。
  • 正規化(省略可): テキストを標準化します。たとえば、小文字に変換したり、特殊文字を処理したりします。

使用する具体的な手法は、エンティティ抽出方法とテキストデータの性質によって異なります。たとえば、依存関係解析(単語間の関係を理解する)は便利な NLP タスクですが、すべてのエンティティ抽出アプローチのコアとなる前処理ステップとは限りません。

エンティティの識別

このステップでは、システムは前処理されたテキスト内の潜在的なエンティティを探します。固有表現抽出(NER)は、これらのエンティティを特定して分類するコアタスクです。NER の実行に使用される手法は次のとおりです。

  • パターン マッチング: エンティティを示すことが多い特定のパターンや単語のシーケンスを探します(例: 「Mr.」の後に名前が続く場合や、日付やメールアドレスの特定の形式)。
  • 統計モデル: 条件付きランダム フィールド(CRF)、再帰型ニューラル ネットワーク(RNN)、トランスフォーマーなどのトレーニング済みモデルを使用して、エンティティをコンテキストと周囲の単語に基づいて識別します。これらのモデルは、単語の形状、品詞タグ、コンテキスト ワードエンベディングなど、テキストから抽出された特徴から学習します。

エンティティ分類

潜在的なエンティティが特定されると、AI 分類アルゴリズム(多くの場合、ML モデルまたはルールベースのシステムに基づく)によって、これらのエンティティが事前定義されたカテゴリに分類されます。前述のとおり、一般的なカテゴリには次のようなものがあります。

  • 人物: 個人の名前
  • 組織: 会社、機関、グループの名前
  • 場所: 都市名、国名、地理的エリア
  • 日時: テキストで言及された具体的な日時
  • その他: 特定のニーズに関連する可能性のある追加のカテゴリ(商品、お金、イベントなど)

出力

最後に、抽出されたエンティティとその分類が、次のような構造化された形式で表示されます。

  • リスト: エンティティとその型のシンプルなリスト
  • JSON / XML: 構造化データの保存と交換によく使用される形式
  • ナレッジグラフ: エンティティ間の関係を可視化する方法

エンティティ抽出の例

エンティティ抽出が実際にどのように機能するかを理解するために、次の文を考えてみましょう。「2024 年 8 月 29 日、Optimist Corp. はシカゴで、CEO の Brad Doe 氏が 500 万ドルの資金調達ラウンドの成功を受けて退任することを発表しました。」エンティティ抽出システムがこのテキストを処理すると、次のような構造化データが出力されます。

  • 人物: Brad Doe
  • 組織: Optimist Corp.
  • 場所: シカゴ
  • 日付: 2024 年 8 月 29 日
  • 資金: 500 万ドル

エンティティ抽出手法

エンティティ抽出にはいくつかの手法を使用でき、それぞれに長所と短所があります。

ルールベースのアプローチ

これらの手法は、事前定義されたルールとパターンに依存してエンティティを識別します。これらの手法の特徴は以下のとおりです。

  • 比較的簡単に実装できる
  • 透明性が高い
  • ルールを定義するにはドメインの専門知識が必要
  • ルールが明確に定義された特定のドメインでは効果的だが、言語のバリエーションや複雑な文構造への対応が難しく、再現率が制限される可能性がある
  • ルールが複雑になるにつれて、スケーリングとメンテナンスが困難になる

ML アプローチ

これらの手法では、大規模なデータセットでトレーニングされた統計モデルを利用して、エンティティを特定して分類します。その特徴を以下に挙げます。

  • 新しいデータや言語のバリエーションに適応できる
  • ラベル付きトレーニング データと特徴量エンジニアリングが大量に必要(ディープ ラーニングの場合はそれほどではない)
  • トレーニングに計算費用がかかる
  • 一般的なモデルには、再帰型ニューラル ネットワーク(RNN)やトランスフォーマー(BERT など)といった最新のディープ ラーニング システムが含まれます。これらのモデルは、大規模なデータセットでトレーニングされ、コンテキストに基づいてエンティティを認識します。

ハイブリッド アプローチ

これらの手法は、ルールベースのアプローチと ML アプローチの強みを組み合わせたものです。その特徴を以下に挙げます。

  • 柔軟性と効率性のバランスが取れており、精度が向上する可能性がある
  • さまざまなコンポーネントを統合するには、慎重な設計と実装が必要

たとえば、ハイブリッド システムでは、ルールベースの方法を使用して、明確なパターン(日付や ID など)を持つ潜在的なエンティティを特定し、ML モデルを適用して、より曖昧なエンティティ(人名や組織名など)を分類する場合があります。

エンティティ抽出を使用するメリット

エンティティ抽出テクノロジーは、テキストデータを扱う組織やユーザーにさまざまなメリットをもたらします。

情報抽出の自動化と手作業の削減

エンティティ抽出は、大量のテキストを手作業で精査して重要な情報を探し出して抽出するという、手間と時間がかかるプロセスを自動化できます。この自動化により、業務効率が飛躍的に向上し、手作業によるデータ入力や確認などの単調な作業を軽減できるため、人間の判断や創造性を必要とする、より複雑で分析的かつ戦略的なタスクに人的リソースを集中させることができます。

精度と整合性の向上

自動エンティティ抽出システムは、多くの場合、手動の抽出プロセスに比べて高い精度と整合性を実現できます。アノテーションやレビューを人間が行う場合、特に大規模なデータセットを扱う際や反復的な作業において、疲労、主観的な解釈、偏見などにより、誤りに陥りやすい傾向があります。一方、十分にトレーニングされた NER モデルは、条件を一貫して適用できるため、基準に沿わない場合に発生する可能性のあるエラーを減らすことができます。

大量のテキストデータに対応するスケーラビリティ

エンティティ抽出システムは、本質的にスケーラビリティに優れています。そのため、人間が同程度の時間枠で処理できる量を超える膨大なテキストデータを、はるかに高速かつ効率的に処理できます。このスケーラビリティにより、エンティティ抽出は、増え続けるドキュメント、ウェブ コンテンツ、ソーシャル メディア ストリーム、その他のテキストベースの情報ソースを処理する必要があるアプリケーションにとって理想的なソリューションとなっています。

より的確な意思決定を促進

テキストから抽出された関連情報に迅速かつ構造化された方法でアクセスできるため、エンティティ抽出は、組織のさまざまな機能において、よりタイムリーでデータドリブンな意思決定をサポートします。たとえば、金融のニュース記事やレポートを迅速かつ正確に分析し、主要企業、通貨、市場イベントなどをエンティティ抽出によって特定することで、投資戦略の改善に役立てることができます。

データの整理と検索性の向上

NER システムによって抽出されたエンティティは、元のドキュメントやテキスト セグメントに関連付けられたメタデータタグとして使用できます。これにより、データの整理が改善され、検索、検出、取得が容易になります。たとえば、エンティティ抽出を使用して、コンテンツ マネジメント システム内のドキュメントに、関連する人物、組織、場所などのタグを自動的に付けることで、ドキュメントをより簡単に検索できるようになります。

ダウンストリーム NLP タスクの有効化

エンティティ抽出は、基礎的な構造化データを提供します。これらは、多くの場合、より高度で複雑な NLP タスクの前提条件となります。関係抽出(エンティティ間の関係の特定)、感情分析(特に、特定のエンティティに関連付け、それらに関する意見を把握する場合)、質問応答システム(質問と回答の候補でエンティティを特定する必要がある)、ナレッジグラフの作成などが含まれます。

エンティティ抽出の課題

エンティティ抽出は強力なツールですが、その潜在的な課題や制限事項を認識しておくことが重要です。

  • 曖昧さ: エンティティは、曖昧になることや、コンテキストによって複数の意味を持つことがあります(たとえば、「ワシントン」は人物、場所、組織を指すことがあります)。これらを正確に特定して分類するには、コンテキストを深く理解する必要があります。
  • ノイズが多く不完全なデータ: 実世界のテキストデータは、ノイズ(エラー、スペルミス、スラング、非標準的な文法)が含まれていることが多く、コンテキストも不十分である場合があります。これは、エンティティ抽出システムのパフォーマンスに影響を与える可能性があります。
  • 語彙に含まれていない(OOV)エンティティ / 新しいエンティティ: モデルは、トレーニング中に遭遇したことのないエンティティや単語(OOV 単語)、新しく作られた用語や名前を認識できない場合があります。サブワード トークン化と文字レベルのエンべディングは、この問題を軽減するのに役立ちます。
  • エンティティ境界検出エラー: エンティティの範囲の開始と終了を正確に特定することは、特に、長いエンティティや複雑なエンティティ、専門分野のエンティティでは困難な場合があります。これに関するエラーは分類に直接影響します。
  • データの不足とアノテーションの費用: 教師あり機械学習モデル(特に、ディープ ラーニング モデル)では、通常、高品質なアノテーション付きデータが大量に必要であり、こうしたデータの作成には多大な費用と時間がかかります。これは、リソースが少ない言語や専門分野では大きなボトルネックとなります。
  • ドメイン適応: 特定のドメインに特化してトレーニングされたモデルは、語彙、構文、エンティティのタイプが異なる別のドメインに適用すると、多くの場合、パフォーマンスが低下します。適応させるには、転移学習(事前トレーニング済みモデルのファインチューニング)などの手法が不可欠です。
  • 言語固有の課題: エンティティ抽出のパフォーマンスは、言語によって異なります。これは、文法、形態(多様な活用形など)、表記体系(言語によっては名前に大文字を使わないなど)、言語リソースの入手可能性などが言語によって異なるためです。
  • スケーラビリティとコンピューティング リソース: 複雑なディープ ラーニング モデルのトレーニングやデプロイは計算負荷が高く、強力な処理能力(GPU など)と時間を要します。
  • バイアスと公平性: エンティティ抽出モデルは、トレーニング データに存在するバイアスを受け継ぐ可能性があり、不公平または差別的な結果につながる可能性があります。多様かつ代表的なデータを使用し、バイアスの検出と軽減の手法を採用することが重要です。

エンティティ抽出の実装

エンティティ抽出には、通常、次の手順が含まれます。

1. エンティティを定義する

抽出するエンティティの種類と関連するカテゴリを明確に定義し、NER システムの目標と、抽出されたエンティティの使用方法を伝えます。このステップは、エンティティ抽出システムが特定のニーズに合わせて調整されていることを確認するために不可欠です。

2. データの収集とアノテーション

ドメインに関連するテキストデータのコーパスを収集します。教師あり機械学習アプローチの場合、このデータには、事前に定義されたガイドラインに従って、人間のアノテーターが細心の注意を払ってアノテーション(ラベル付け)を行う必要があります。これらのアノテーションの品質と整合性は、高性能なモデルをトレーニングするうえで最も重要です。

3. メソッドの選択

要件、データの可用性、望ましい精度、コンピューティング リソースに基づいて、適切なエンティティ抽出手法(ルールベース、機械学習、ディープラーニング、ハイブリッド)を選択します。その際は、これらの手法のトレードオフを考慮する必要があります。

4. データの準備

テキストデータをクリーンアップして前処理し、ノイズや不整合を取り除きます。これには、スペルミス、句読点、特殊文字などの問題の処理や、前述の前処理ステップ(トークン化、POS タグ付けなど)が含まれます。

5. モデルの選択とトレーニング

機械学習やディープ ラーニングのアプローチを使用している場合の次のステップは、モデルの選択とトレーニングです。これには、適切なモデル アーキテクチャ(RNN や Transformer など)を選択し、ラベル付きデータでトレーニングすることが含まれます。トレーニングでは、テキストの例とそれに対応するエンティティをモデルにフィードして、パターンや関係を学習させます。

6. 評価

用意しておいたテストセットに対して、適合率、再現率、F1 スコアなどの指標を使用して、エンティティ抽出システムのパフォーマンスを評価します。これにより、システムがエンティティをどの程度適切に識別および分類しているかを把握できます。弱点を特定するには、エラー分析も重要です。

7. モデルのファインチューニングとイテレーション

評価結果とエラー分析に基づいて、モデルを改良します。これには、ハイパーパラメータの調整、トレーニング データの変更や拡張、モデル アーキテクチャの変更などが含まれます。これは反復プロセスです。

8. デプロイ

新しいテキストデータを処理し、エンティティをリアルタイムまたはバッチで抽出するシステムをデプロイします。これには、エンティティ抽出システムを、API として、より大規模なアプリケーションやワークフローに統合することが含まれる場合があります。

9. モニタリングとメンテナンス

モデルのパフォーマンスを本番環境で継続的にモニタリングします。データの特性は時間の経過とともに変化し(「データドリフト」)、パフォーマンスが低下する可能性があります。新しいデータでの定期的な再トレーニングや更新が必要になる場合があります。

エンティティ抽出の応用

エンティティ抽出は、以下のようなさまざまな実世界の用途において重要な役割を果たします。

  • 情報抽出とナレッジグラフ: 非構造化テキストから構造化情報を抽出して、ナレッジグラフの構築に役立てることができます。これらのグラフはエンティティとその関係を表し、高度な検索、質問応答、データ分析を可能にします。
  • 顧客管理(CRM)とサポート: エンティティ抽出は、メール、ソーシャル メディアの投稿、サポート チケットなどの顧客とのやり取りを分析するために使用できます。これにより、顧客の感情を把握し、問題を追跡し、リクエストを分類して、よりパーソナライズされたサポートを提供できます。
  • インテリジェンスとセキュリティ: ニュース記事、ソーシャル メディア、その他のソースから大量のテキストデータを分析し、潜在的な脅威を特定し、関心のある個人を追跡し、インテリジェンスを収集するために使用できます。
  • 検索エンジン: クエリやドキュメント内のエンティティを理解することで、検索の関連性と速度を向上させます。
  • コンテンツの分類とレコメンデーション: 抽出されたエンティティに基づいてコンテンツを分類し、関連する記事、商品、メディアを推奨します。

業界でのユースケース

エンティティ抽出は、次のような分野でも使用できます。

  • 医療: 患者の記録、臨床記録、研究論文から医療エンティティ(病気、症状、投薬、患者情報)を抽出して分析や研究を行う
  • 金融: ニュース記事やレポートから金融エンティティ(会社名、株式コード、金額)やイベントを特定し、市場分析、リスク評価、不正行為の検出に利用する
  • e コマース: レビューや説明文から商品情報、ブランド、機能を抽出して、検索、レコメンデーション システム、市場分析の精度を向上させる
  • 人事: スキル、経験、資格を抽出して履歴書選考を自動化する

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