次世代「アイサイト」に向けた AI 開発をマネージドな 機械学習プラットフォーム Vertex AI でスピードアップ
Google Cloud Japan Team
2030 年までに自社製乗用車による「死亡交通事故ゼロ※」を掲げる株式会社SUBARU。2020 年 12 月には東京渋谷に AI 開発拠点「SUBARU Lab(スバルラボ)」を開設し、運転支援システム「アイサイト」の安全性をさらに向上させる研究開発を加速させています。そんな同社が 2019 年に Google Cloud を導入したのにはどういった背景があったのか。SUBARU Lab の中核メンバーとして AI 開発を担う 2 人のエンジニアにお伺いしました。
※SUBARU乗車中の死亡事故およびSUBARU車との衝突による歩行者・自転車等の死亡事故をゼロに
利用している Google Cloud サービス
Vertex AI、Cloud IAP (Identity-Aware Proxy)、Dataflow、Vertex AI Notebooks、Cloud Source Repositories、Cloud Build、Container Registry、Vertex AI Training
AI 開発のスピード感を求めて Google Cloud を導入
1999 年にレガシィ ランカスターに初搭載された、ステレオカメラを活用した運転支援技術「ADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)」。これを発展させ、より高度な運転支援を可能にしたものが、2008 年にデビューした「アイサイト」です。アイサイトは 2010 年に登場した第 2 世代モデルの頃には、SUBARU を選ぶ理由の 1 つに挙げられるようになりました。その後も長らく先進運転支援システム(ADAS)の代名詞として認知されていた同技術でしたが、2010 年代後半から海外勢を中心に盛り上がりつつあったディープ ラーニングの活用にはやや遅れを取っていたと、技術本部 ADAS開発部 AI R&D課 大久保氏は当時を振り返ります。
「我々も 2015 年頃からディープ ラーニングの研究は進めていたのですが、真剣に腰を据えてアイサイトに取り込んでいこうと動き始めたのは数年前から。しかし、当時我々が使っていた開発用ワークステーションはかなり古いもので、ディープ ラーニングを本格的に研究していくには完全に力不足でした。」(大久保氏)
もちろんここで開発用ワークステーションの一新なども検討したそうですが、新しい機材の導入には時間と手間がかかり、現場が求めるスピード感での開発が行えないという課題があったそうです。
「そこで考えたのが、高速に AI のモデル開発や機械学習の演算を行えるクラウド プラットフォームを活用してこの課題を解決すること。これなら新しく機材を導入するのと比べて早期に実現できます。なお、数あるプラットフォームの中から Google Cloud を選んだのは選定当時、すでに Vertex AI(旧称 AI Platform) Notebooks や Vertex AI Training など、AI 開発を行う上で有用なマネージド サービスが複数展開されていたから。大規模な機械学習の演算に対応できる高性能なハードウェアが提供されていたのも魅力的でしたね。実際、導入後の 2020 年夏には NVIDIA の最新世代 GPU『A100』に Google Compute Engine(GCE)が早期対応し、パブリック クラウドでは初となる 16 GPU インスタンス提供なども実現してくれました。」(技術本部 ADAS開発部 主査 金井氏)
もはや Vertex AI なしでの開発は考えられない
現在、SUBARU Lab では、Google Cloud をアイサイトのステレオカメラで撮影した膨大な映像の解析に利用中。クルマや人などの物体検出や、画像内の全画素にラベルやカテゴリを関連付け、走行可能領域を認識するセマンティック・セグメンテーションなど、複数タスクを実施するマルチタスクなニューラル ネットワーク『SUBARU ASURA Net』の認識精度向上のための機械学習トレーニングを行っています。
「導入当初は Google Cloud を単なる IaaS として使おうとしていたこともあって、オンプレミスではあまり考えなくても良かったセキュリティの煩わしさや物理的な距離に起因する応答性の低下が少し気になっていたのですが、Vertex AI などのマネージド サービスを積極的に使うようになってからは、私のチームは完全にクラウドで作業をするようになっています。『SUBARU ASURA Net』は 1 つのモデルにたくさんのタスクがぶら下がる形になっており、各自が Vertex AI Notebooks を使って自由に実験、トレーニングを行いそれぞれのタスクを作り込んでいくのですが、そうした作業や、タスクとは直接関係のないリサーチのようなことをマネージドに、ハードウェアのリソースを考えずに行えるのは大きな利点だと考えています。我々が他のプラットフォームに浮気しないのもそのあたりが理由ですね(笑)。」(大久保氏)
「ちなみに今でもまだオンプレミス環境は機能強化をしつつ稼働中で、言わばハイブリッドのような形になっています。と言うのもインフラの観点で、オンプレミスにある PB(ペタバイト)級の画像、動画データをクラウドに移行するコストに見合うリターンがあるか、現時点ではまだ検証できていないためです。そのような理由もあり、現在は適材適所という形で使い分けています。」(金井氏)
なお、クラウドとオンプレミス環境をまたいだコード管理には Cloud Source Repositories を利用。『SUBARU ASURA Net』のモデル更新、機能追加などをオンプレミスで実行すると、自動的にコードが同期されるような仕組みを構築しています。
「その他、インフラ側の工夫としては、セキュリティ面で Cloud IAP(Identity-Aware Proxy)を多用しています。一般的な情報システムではインターネットのアクセスを緩めに設定することもあるのですが、この環境では情報漏洩対策として、 GCE のインスタンスに External IP を付与しない、すなわちインターネットに出られないという前提での設計・構築を行っています。ただ、それだとどうやってそこにアクセスするのかという問題が出てきてしまうので、Cloud IAP を通すかたちでアクセスできるようにしました。」(金井氏)
さらに今回の取り組みのような大規模な学習データを取り扱うプロジェクトならではの工夫として、Cloud Dataflow を使っていることも特筆すべき点だと大久保氏は言います。
「学習用の画像データにアノテーション データを付与して TFRecord を生成する前処理が、日を追うごとに増えていき、これまでのやり方だと並列でやっても丸一日以上かかってしまうようになってしまいました。そこで、これを Apache Beam を使って Cloud Dataflow で処理するようにしています。結果、データを流すと数百CPU くらいまで一気にオートスケールして、だいたい 30 分くらいで終わるようになりました。」(大久保氏)
社として掲げる「2030 年までの死亡交通事故ゼロ※」に向けて、現在も開発を進める SUBARU Lab。この目標の実現に、Google Cloud がもはや欠かせないものになっていると大久保氏、金井氏は口を揃えます。
「Google Cloud を導入したことで、開発環境の強化に伴う予算取りや社内調整といった作業がほぼなくなったのが個人的に最もうれしかったところ。おかげで開発だけに集中できるようになりました。」(大久保氏)
「現在、SUBARU Lab では毎月のようにエンジニアを採用しているのですが、オンプレミスのままだったら、各人の開発環境を用意するのも一苦労だったでしょう。特にコロナ禍の今はいろいろなことが滞っていますから、機材の用意だけで数ヶ月かかってしまいます。その点、Google Cloud ならその日のうちにも環境を用意できますからスピード感が違います。」(金井氏)
今後、SUBARU Lab では、AI 開発をさらに効率化するべく、MLOps の体制、基盤作りを推進していく予定。
「そのために、Google Cloud が提供する MLOps を実現する各種マネージド サービスのさらなる活用を検討、検証しているところです。」(金井氏)
※SUBARU乗車中の死亡事故およびSUBARU車との衝突による歩行者・自転車等の死亡事故をゼロに
(インタビュイー)
(写真左から)
株式会社 SUBARU
・技術本部 ADAS開発部 主査 金井 崇 氏
・技術本部 ADAS開発部 AI R&D課 大久保 淑実 氏
(会社概要)
1917 年に創設された航空機メーカー・中島飛行機をルーツとする重工業メーカー。2017 年に富士重工株式会社(1953 年創立)から、自動車ブランド名として国際的にも広く認知されている「SUBARU(スバル)」に由来する社名へと改称した。水平対向エンジンなど独自の技術を活かした自動車製造、販売のほか、航空機、宇宙関連機器の製造、販売も手がけている。従業員数は 36,070 名(連結 / 2021 年 3 月末時点)
(Google Cloud パートナー)
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