ジェネレーティブ AI に取り組む TIME: 有名出版社が大規模言語モデルで創造性だけでなくコミュニティの確立を目指す

Google Cloud Japan Team
TIME は、信頼できる情報源とチャット リソースを活用して、ヘッドライン ニュースを配信するだけでなく、常に正確な情報を届け、読者を導く報道機関としてより重要な役割を果たしたいと考えています。
※この投稿は米国時間 2023 年 4 月 26 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。
ほとんどの人は、ジェネレーティブ AI を一人で使用する形で体験しています。パソコンを操作するか、スマートフォンをタップし、いくつかのプロンプトを入力すると、独自に生成された画像、テキスト、コードのスニペットが表示されます。
これはコミュニティにおける体験とはとても言えません。しかし、伝統あるメディア企業 TIME のデータ、プロダクト、エンジニアリング担当上級バイス プレジデントである Burhan Hamid 氏にとって、自社でジェネレーティブ AI を有効に活用する方法を考える場合にまず考慮するのはコミュニティです。
「当社が出版社として 100 年間続けてきたコミュニケーションは一方通行のもので、当社が消費者にコンテンツを提供し、消費者がそれを消費するだけでした」と Hamid 氏は述べています。「当社は、ジェネレーティブ AI のプロンプトとチャットを活用することで、実際に消費者を理解し、消費者と対話できるようになっており、さまざまな方法で双方向の体験を生み出しています」と語っています。
さらに「だからこそ、私はジェネレーティブ AI をコミュニティ構築のための強力なツールと考えています」と付け加えています。
移ろいやすい消費者の関心を引き付ける契機を探すことが優先事項となっており、ブランドへの親近感だけでなく、ブランド コミュニティの形成も消費者を魅了する可能性をもたらします。AI と強固なデータ基盤は、読者とのつながりを望む多くの企業で既に重要な役割を担っています。Hamid 氏は、他にどういったことを実現できるか知りたいのだと言います。
「たとえ常連のユーザーであっても、サイトの記事を読んで戻ってくるだけでなく、それ以上の関わりを持ってもらうのは簡単なことではありません。そこで、コミュニティという考え方が大変役に立つと思います。熱意とつながりを強化するにはどうしたらいいでしょうか?」と Hamid 氏は問いかけます。
AI でもニュース同様「信頼するが検証はする」
TIME のブランドとそれを取り巻くコミュニティがジェネレーティブ AI の時代に魅力を発揮できるのは、TIME 固有のジャーナリズムに対する信頼があるからと、 Hamid 氏は考えています。
Hamid 氏は、「テクノロジーの進歩を踏まえ、私は常に素早く動きたいと考えています。ただし、ジェネレーティブ AI については、慎重でありたいとも思っています。1 月から、編集部とともに、ジェネレーティブ AI が当社のビジネスにどう生かせる可能性があるのかについて、ブレインストーミングを始めました」と語ってます。
Hamid 氏と編集部は、慎重に作業を進めつつも、すぐにアイデアを練り始めました。そして、このアイデアは、最終的に 2 月下旬の特集記事発表に役立ちました。
Hamid 氏は、「私たちは、ジェネレーティブ AI の真の力と、信頼できるコンテンツを求め TIME を訪れる人々に対して、ミスがもたらす影響を理解しています。だからこそ、私はこの作業の進め方に対し責任を持ちたいのです。慎重に進めつつ、実験もできる方法を見出したいと考えています」と述べています。


このデジタル時代に競争が激化するなか、出版社とメディア企業は、ジェネレーティブ AI などの同じ革新的なテクノロジーを利用して存在感を示そうと考えています。
Google Cloud のメディアおよびエンターテインメント担当グローバル マネージング ディレクターの Anil Jain は、別の革新的なテクノロジーを使いこなそうとする業界の多くの人々から同様の意見を聞いています。
「メディアやエンターテインメント、そしてジェネレーティブ AI のようなテクノロジーに関して、実際にその信頼を支えるうえで Google はどのような責任を担っているのでしょうか。TIME のような出版社、ハリウッドのスタジオ、革新的なメディア系スタートアップのいずれもが、AI に関しての明確さを求めています」と Jain は語っています。
しかし、ジェネレーティブ AI は、すでに広く使用されているパーソナライゼーション ツールや作成ツールをさらに強化するものであり、その潜在能力を活用しない手はありません。これらのテクノロジーのおかげで、読者が最も好ましいと考えるコンテンツの作成と微調整を行いやすくなっており、そのようなコンテンツが確実に読者に届き、消費者に寄り添ってブランドの信頼とロイヤリティを築き上げています。
いつの日か、もしかしたら近いうちに、単におすすめの記事や動画をトップに表示するだけでなく、気さくな bot がユーザーに読みたいものや見たいものを尋ね、その選択肢について会話してくれるホームページやアプリが登場するかもしれません。
しかし、データと顧客の分析が整わない限り、これは実現しません。どんな大規模言語モデルやジェネレーティブ AI も、学習に使用できる情報があってこそ機能します。
「どのような種類の AI や ML であっても、まずデータ基盤が必要であり、その基盤があればこそ、得られるすべてのシグナルを集約し、理解できます」と Jain は述べています。
進化するレコメンデーション エンジン
Hamid 氏は、もう何年も前からこういった基盤作りに熱心に取り組んでいます。
2021 年、TIME は、顧客データ プラットフォームを専門とするテクノロジー サービス プロバイダであり、Google Cloud パートナーでもある Lytics との提携を開始して、サイト上のレコメンデーション エンジンを構築し始めました。読者の習慣を追跡することで、読者が好む話題やトピックに詳しいペルソナを構築し、埋め込みバナーやメールなどで類似の話題を提案できるようになりました。
Hamid 氏は、動画推奨システムで動画視聴回数を 10 億回に伸ばしたエンジニアリング チームを率いるなど、TIME のさまざまな出版物向けにテクノロジー ソリューションを構築することにキャリアのほとんどを費やしてきたため、顧客がメディアに抱く親近感という感情の価値をよく理解していました。
Hamid 氏は、Lytics のソリューション導入の成果に十分満足したため、数か月後には並行するレコメンデーション プラットフォームを社内で自ら立ち上げています。より実践的な手法で得られる結果を確かめるためであり、それほど読者とのつながりを深め、リピーターになってもらうためには、レコメンデーションが重要と考えていました。最終的に、チームはこの自社製モデルに移行し、昨年から、Google Cloud 独自の Recommendations AI を使用した別の試験運用を開始しました。
メディアやエンターテインメント、そしてジェネレーティブ AI のようなテクノロジーに関して、実際にその信頼を支えるうえで Google はどのような責任を担っているのでしょうか。
「ある消費者が特定のトピックについてより深く理解しようとしている傾向が見られる場合、Recommendations AI を使用して、消費者がより深く理解できるようにより多くのコンテンツを提供したり、異なる視点を提供したりしながら、エコー チェンバー効果や確証バイアスを発生させることなく、責任ある態度で慎重にテクノロジーを使用できます。特定のトピックについて、対象のタイムライン全体を構築し、100 年分のアーカイブから、より多くの話題や背景情報を提供することも可能です。また、たとえば、読者が関心を持っていることに関連する内容の 1954 年の TIME 印刷版を読者に改めて売るということもできるでしょう」と Hamid 氏は語っています。
チームは、その読者層が特に重要であることから、同じデータ分析情報に基づいた顧客向けニュースレターの作成も試みています。
「TIME の最大のコミュニティは、実はニュースレターの読者です。この読者層が興味を持ちそうなコンテンツに基づき、彼らに記事を送り、彼らがサイトに戻ってきてくれるかどうかを確認し始めたところ、今のところ十分な成果が上がっているため、今後もこれを続けていく予定です」と Hamid 氏は述べています。
実は、こうした実験は、Hamid 氏のこれまでの成功の特徴のひとつなのです。
曖昧な境界線によりメディアの競争が進む
2 年前、TIME のビジネス、テクノロジー、編集の各チームは、手に取り、収集、保存できるという印刷出版の良いところをデジタル形式で実現するための手段として NFT とブロックチェーンをどのように活用できるかを検討し始めました。その結果、TIMEpieces が誕生しました。
2 年間のプロジェクト期間中、150 人以上のアーティストが TIME とコラボレーションし、6 万人のコレクターが参加して、活気ある Discord チャンネルやその他のオンラインおよび対面での出会いの場所が設けられました。
Hamid 氏が最も喜んだのは、この新しいユーザー集団に出会えたことでした。
「それぞれの会社は異なる分野で異なることを試したいと思っているわけですが、TIME は信頼されている世界的ブランドであり、NFT に関しては、出版業界における先駆者として大きな強みを持っていたと思います。最終的に、TIME は素晴らしいコミュニティ、堅実な収益源、そして何よりもビジョンを確立できました。それが、TIME の今後にもつながります」と Hamid 氏は述べています。


ジェネレーティブ AI 以外にも、TIME は、NFT 版発行のような他のイノベーションも試みています。こちらがその初版です。
ビジョン、実験、収益化のミックスは、今後すべてのメディア企業にとって極めて重要となり、特に、似通った読者や視聴者がより重複し、読者や視聴者をめぐる競争がますます激しくなる中で、その重要性は増していきます。
「メディアやエンターテイメントの各セグメントの従来の定義や境界が曖昧になり、消えつつあります。その流れはひたすら加速しています」と Jain は指摘しています。
たとえば、かつての週刊スポーツ誌が、今では数分前の記事を掲載するだけでなく、かつては放送事業者の領域だった動画やハイライト、ポッドキャストも掲載しています。同様に、放送局も今では出版社になっています。どちらも小売部門を持ち、ソーシャル メディアに多くのフォロワーを持ち、そこで再利用コンテンツとオリジナルのコンテンツの両方を共有しています。
「消費者にとって他メディアへのスイッチングコストが非常に低いときに、消費者のロイヤリティや関与を維持し、サイトへの再訪を継続させられるよう、消費者に価値をもたらすには、実際どうしたらいいのでしょうか。人の関心は簡単に失われてしまいます。それが本来の、メディア企業の最大の課題なのです」と Jain は語っています。
真実、とにかく真実を届ける
Hamid 氏は、検証できる情報の価値は今後ますます高まるばかりと考えており、TIME のアーカイブのようなソースで大規模言語モデルをトレーニングすることで、より信憑性の高い、それゆえにより価値の高い AI システムを構築できるのではないかと期待しています。これは、TIME の共同創設者であり、長年活躍した出版家であった Henry Luce 氏が掲げたビジョンの 21 世紀版ともいえます。1920 年代、Luce 氏は、客観性と公平性を重視し、偏りのない、中立的な形で情報を提示する、ジャーナリズムの画期的な転換の先駆者となりました。
「TIME は、消費者が AI が提示するコンテンツや会話のソースが信頼できるものであることを理解したうえで、AI と対話できる体験を実現したいと考えています。 AI テクノロジーの一部をめぐる間違いや不信感がある中で、出版社が提供できる信頼と信憑性は、消費者の心の中でさらに価値を増します」と Hamid 氏は述べています。
同氏はまた、ジェネレーティブ AI はいずれニュース編集局で日常的な役割を果たすようになるとも考えています。
「ジェネレーティブ AI は、まずは制作の効率化やコンテンツのキュレーションで活躍すると思います。たとえば、このインタビューのようなものでです。すでに文字起こしは行えますが、その文字起こしを要約して、厳しい締め切りに追われる記者や編集者の役に立てることも可能ではないでしょうか?また、ソーシャル メディアへの投稿の編集作業を行ったり、ユーザーが TIME のアーカイブを検索して信頼できる情報源を活用できるよう手助けしたりすることも可能ではないでしょうか?記事の要約を生成して、記者や編集者がそれを投稿の先頭か末尾に掲載できるようにもなるかもしれません。これらはすべて、読者の関与とコミュニティ形成を促進するのに役立ちます」と Hamid 氏は語っています。
TIME は、消費者が AI が提示するコンテンツや会話のソースが信頼できるものであることを理解したうえで、 AI と対話できる体験を実現したいと考えています。
ジェネレーティブ AI の黎明期において、すでにジェネレーティブ AI に対する大きな関心が寄せられ、ジェネレーティブ AI とのやり取りが盛んに行われていることを考えると、この新しいテクノロジーとのエンゲージメントがソーシャル メディアやストリーミング メディアを凌駕する可能性も十分にあり得ます。この熱意と可能性を有意義かつ個人に合った形で活用する方法を見出すことが、メディア企業の経営者やクリエイターにとって重要な鍵となります。
「皆で AI がどのように仕事を進めやすくし、プロダクトを改善してくれるのかを考えると同時に、責任ある行動がとれるよう、ガードレールを準備することが必要です。AI とジェネレーティブ AI によって、10 倍の変革効果が期待できますが、難しいのは、適切なガードレール作りです」と Jain は述べています。
Hamid 氏にとって、ガードレールとは、まず消費者が信頼できるソースとブランドです。
「各コミュニティが違って見えても、基盤となるのは同じ、つまり信頼です。TIME が消費者にもたらす最大の価値は、信頼できるブランドであることです。そのアイデンティティを進展させるために、ジェネレーティブ AI やその他の AI テクノロジーを適用する方法を見出せるよう探求すべきであり、私以外の人たちもそれを探求していることを願っています。それは、勇敢な新世界へのスタートラインだと思っています」と Hamid 氏は語っています。
- 業界編集者 Matt A.V. Chaban
- Google Cloud AI 編集者 Michael Endler