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たった 12 名のチームで製薬業界を変革することができた理由

2024年5月20日
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Matt A.V. Chaban

Senior Editor, Transform

Dan Rowinski

Senior Writer, Transform

Superluminal Medicine 社は、生成 AI とハイパフォーマンスコンピューティングの活用により、薬剤候補となる新しいタンパク質化合物を探求しているスタートアップ企業の一社です。

※この投稿は米国時間 2024 年 4 月 15 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。

創薬は非常に複雑な分野です。人類が積み上げてきた知識を用い、最善を尽くしても、特定の化合物の組み合わせが体内で反応したときの作用は依然として予想外のものとなることがあります。

例えば、男性に人気の青い錠剤は、もともとは高血圧の治療薬として開発されたものでした。また、ダイエットに使われる若い世代に人気のある薬は、もともとは 2 型糖尿病の治療薬として開発されたものでした。創薬は非常に多くの変数から構成されているため、現代テクノロジーの活用による新しいビジネスモデルの構築、プロセスの高速化、もたらされる結果の的確な予測が常に待たれている分野です。

こうした複雑さと、それに伴う機会が、他の活用の仕方と同様、創薬へと生成 AI の提唱者たちの関心が向く理由となっています。この分野は、人生を一変させる医薬品の研究や試験を加速させる可能性だけでなく、研究者たちの手では発見し得なかった新しい化合物や組み合わせを探求することも可能であるため、活況を呈しています。

マサチューセッツ州を拠点とする Superluminal 社は、深い専門知識にクラウド コンピューティングと AI を融合させた、この医療分野におけるパイオニア企業の一社です。Superluminal とは「光速を超える速度を持つ」という意味であり、創薬を超高速化するという考え方が同社を導く使命となっています。少人数チームと確固たるシードラウンドでの資金調達により、Superluminal 社による創薬への挑戦の準備は整いました。

「私たちは、テクノロジーを生物学に役立てることができる特定の問題に注目しています」と、Superluminal 社 CEO の Cony D’Cruz 氏は、Transform 社との一連のインタビューの中で語ってます。「私たちの仕事は、目的に適合したテクノロジーを活用し、迅速に薬剤を開発することです。」

Superluminal 社のプラットフォームはどのようなタンパク質標的にも適用可能でしたが、同社は G タンパク質共役型受容体(GCPR)として知られる薬剤標的を対象とした最初の創薬プログラム群の開発に乗り出しました。これらは、Ozempic や Wegovy といった人気のダイエット薬の薬剤標的と同じクラスです。

Superluminal 社のわずか 12 名の従業員は、ボストン郊外のウォルサムにある小さなオフィスで働いています。オフィスの外観は、他のスタートアップ企業と変わりなく、研究スペースもありません。それでも、クラウド コンピューティングがあれば、チームはほぼすべての作業を場所を選ばずこなすことができます。これには、チームの主な焦点である、複数の機械学習や生成 AI の手法の活用により、細胞のタンパク質受容体を把握し、化合物候補をモデリングして、潜在的な副作用を判断することも含まれます。

承認を受けたすべての薬剤のうち、約 3 分の 1 は 130 の異なる GCPR を標的とするものです。しかし、体内には 850 種以上の GCPR が存在するため、クラウドと AI がもたらすスピードがあれば、低分子創薬でこれらの重要なタンパク質を標的とするモデルの開発を大きく前進させると Superluminal 社は考えています。

Transform 社は D’Cruz 氏との対談の中で、同社の使命と手法、小規模なライフサイエンス企業である同社がクラウドや AI をどのように活用しているか、テクノロジーと業界の専門知識の組み合わせが創薬にもたらすユニークな機会について語っています。

タンパク質と薬物相互作用のモデリング

Superluminal 社の創薬手法には、どのような独自性や新規性がありますか?他社の取り組みとの違いは何か、そしてその実現のためにクラウドと AI が果たす役割は何でしょうか?

Cony D’Cruz : ただ写真を眺めることと、3D での映画鑑賞には大きな違いがあります。これに似た違いが創薬研究にはあります。体内のタンパク質は絶え間なく動いており、私たちはその状態で捉え、研究したいと思っています。しかし、多くの研究者は、特定のタンパク質に薬剤を当てはめる際、断片的にとらえる傾向があり、これを鍵穴と鍵のように扱い、研究室で作成したそれぞれの「鍵」が合うか合わないかを試験します。これは、あまり生産的とは言えません。

タンパク質は絶え間なく動いているため、その動きを完全に把握する必要があります。そのためには多大な計算能力が必要となりますが、これは Google Cloud を活用することで可能になります。私たちには、個々の構造を見るだけでなく、それらをつなぎ合わせてフルモーションの動画を作る能力があります。つまり、私たちは静止画ではなく動画を見ているのです。これは非常に重要なことです。タンパク質が細胞や身体の中でどのように振る舞っているかをより正確に把握することができ、その結果、適切に干渉することが可能となるからです。

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タンパク質を「動画」にした後はどうするのでしょうか?

その知識を活用して、非常に膨大な化合物のライブラリをスクリーニングし、今日作成し得るすべての予測分子を一気に探索します。規模的には 7 兆 8000 億もの化合物に相当します。研究室でこの探索を行うと、長い時間がかかります。400 億程度の化合物を扱うのに 4 年の歳月を費やすことになります。私たちはこれを一日で行います。これはスケールの大きなステップアップと言えます。

また、プロセス全体を通して生成 AI を使用しています。私たちには、興味深いヒット化合物を同定した後で、機械学習と予測アルゴリズムを使用し、いまだかつて誰も目にしたことのないであろう新しい化学物質を生成する能力があります。マシンはモデルとして入力したものを受け取り、そのインプットを基に独自の新しい化学物質を開発します。AI はまったく新しい化学的空間へと、一瞬で連れて行ってくれるのです。

AI による副作用の減少

それらの化合物の可能性を把握するために、AI モデルをどのようにトレーニングしているのですか?また、これはより一般的な創薬プロセスにおいてどこに位置付けられるのでしょうか。

薬剤が体内でどのように相互作用するかは、一般的に ADME によって定義づけられます。ADME は「アドミー」と読み、「absorption(吸収)、distribution(分布)、metabolism(代謝)、excretion(排泄)」の頭文字をとったものです。ADME とは基本的に、薬が血流に入り、体内や標的タンパク質に分布し、分解され、代謝され、そして排泄される過程を指します。これらの相互作用のそれぞれを理解する必要があります。もし、そのどれかひとつにでも問題があれば、望ましい治療効果が得られないためです。

ただし、大半の製薬プログラムの失敗は、必要とされる薬剤化合物の効果ではなく、むしろ意図しない ADME の結果のために起こります。たとえば、薬剤が血流に吸収されなかったり、あまりに早く代謝されたり、逆に化合物が血流中に蓄積して毒性をもたらす場合などです。

私たちは、ADME-Drive と名付けた、大規模な独自のデータセットで訓練した ADME 予測エンジンを構築しました。これは、体内に入れる前に薬剤がヒトの体内でどのように作用するかを判断できる一連のモデルであり、ADME の起こり得る障害や問題についての見通しを提供するものです。ADME-Drive により、その薬が体内でどのように作用するかについて理解を深められると確信しています。

このような方法で AI モデルを使用するその他のメリットはありますか?

メリットはあります。しかし、薬剤そのものには関係がありません。動物実験で合格した薬剤の約 94% が治験において不合格となります。データを収集するために動物に対して過剰な実験が行われており、今日まで他に良い選択肢はありませんでした。研究者たちは数多くのマウスやラットのアルツハイマー病を治療してきましたが、ヒトに対しては同じ結果とはなっていません。その理由は、これらのモデルが移行可能でないためです。これまでお話ししてきた予測モデルは人間ベースのものです。

有効性をより正確に理解するために実験を行う必要はありますが、スタート地点からソリューションまでの距離が縮まるため、必要な実験の回数は大幅に削減できます。そのため、私たちは同じデータを得るのに、はるかに少ない数の動物を使用しています。生成 AI の活用により、私たちが専有する大規模なデータセットを使用してこれらのモデルを訓練し、治験に移る前に、モデルを用いてこれらの相互作用を確認することが可能になります。

AI とクラウドの力を借りた創薬

研究手法のさまざまな面で AI を活用していますね。まず、「動画」であるタンパク質標的をモデリングする際、そして次に ADME プロセスでも役立てています。新しい化合物のモデリングでは、AI が担う役割はありますか?

興味を引いた最初のユースケースは、DeepMind 社が AlphaFold2 で始めたものでした。私たちは AlphaFold2 を発展させ、配列から構造、さらには複数の立体構造や形状へと拡大しました。これらのモデルは、当社の専門知識と必要なアプリケーションをもとに強化した、アドレス可能かつ公開の基盤モデルです。

AI の 2 番目の用途は、de novo デザインと呼ばれるものです。これは、マシンが目的に適合した化合物を実際に設計できるようにすることを意味します。まず始めに非常に単純な条件を入力し、AI に、開始時にプログラムした分子の初期機能を保持したこれまでない新しい分子を作成させます。こうして新たな化学物質を生成してもらい、厳密な試験を経て、実際に開発を進めています。

研究についてたくさんのお話をうかがいましたが、最も驚くべき取り組みの 1 つは、実際にそれをどのように行っているのかということかもしれません。白衣を着た何千人もの科学者を抱えるわけではなく、10 名ほどの研究者がノートパソコンを使用して開発しているのですよね。

Google Cloud のようなクラウド プロバイダが提供するバックエンド インフラストラクチャのおかげで、非常に迅速に進めることができました。バックエンドを気にすることなく、研究とアプリケーション側の推進に集中できます。車に乗り込むときに、「点火プラグが動作しているか確認しなければ」とは考えないのと一緒です。勝手に点火してくれますよね。そして車に乗り込んで、行きたい場所へ向かうだけです。

私たちが望むのはまさに同じことです。クラウドによる提供がなければ、現在の活動は成立しないでしょう。小さな会社である私たちが自分たちのやり方で拡張できるのは、クラウド コンピューティングや事前構築済みのサーバーとモデルが我々の研究を製品化へと大きく近づけてくれるおかげです。

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小規模の会社が独自のオンプレミスのスーパーコンピュータや高性能コンピュータを持ち、多額の資金を調達した後、IT をセットアップするだけで資金を使い果たしてしまうケースがあります。さらに、すべてをオンプレミスでサポートしようとしていたことに加えて、柔軟性も持ち合わせていなかったため、スケールアップやスケールダウンができなかったのです。

オンプレミスの高性能コンピュータにそうした種類の支出を費やした場合、当然リソースを浪費することになります。私たちの場合では、必要なときにクラウドにバーストします。内部管理コストはそれほどかかりません。完全な管理のもと、必要に応じてスケールアップまたはダウンすることができます。事実上無制限にコンピューティング リソースにアクセスできるため、コンピュータ ベースの試験を迅速に行うことができます。

通常の研究過程ではどのように行われますか?

特定のアプリケーションを実行する必要があります。たとえば、タンパク質がその薬剤標的にどう結合するかを理解するための分子シミュレーションがあります。これらのシミュレーションを実行するには、Google Cloud バックエンドを使用する必要があります。

そこで、タンパク質が化合物にどのように結合するかをコンピュータ上でシミュレーションします。これには、各化合物あたり約 20 秒かかります。十分な化合物についてデータを収集すると、機械学習モデルを訓練できます。その後、当社のモデルは、複数のタンパク質立体構造と数十億種の化合物の組み合わせを処理します。最終的には、クラウドを使用して、数日のうちに計算を実行できるようになります。従来の方法では、この作業に何年も要する可能性があります。

Google Cloud の活用による計算能力に加えて、クラウドは完全に拡張可能であるというメリットもあります。そのため、何か実行する必要性が出たときに、非常に迅速かつ劇的にスケールアップし、その後適切にスケールダウンすることが可能です。私たちの時間と支出は、試験の必要性に直接結びついており、それ以外の IT オーバーヘッドは存在しません。

クラウド コンピューティングがなければ、特に私たちのようにわずか 12 名ほどの規模のチームでは、今のようなスピードで取り組むことはとても困難だったはずです。


冒頭の画像は、Google Cloud で MidJourney を使用して、次のプロンプトで作成しました。「スマート ビジネス誌の表紙用にフラットかつカラフルなスタイルで描かれた、細胞タンパク質」

-Transform 上級編集者 Matt A.V. Chaban

-Transform 上級編集者 Dan Rowinski

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