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顧客事例

住友林業 / IHI: 熱帯泥炭地植林事業のための AI 開発基盤に Compute Engine を採用し、知見を活かした汎用モデルを構築

2023年6月28日
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Google Cloud Japan Team

豊かな生物多様性を誇るだけでなく、「地球の肺」として CO2(二酸化炭素)を吸収し酸素を供給し、「地球の心臓」として地球全体に水を送り込む役割も果たしてきた熱帯泥炭地の保護・修復は世界にとって喫緊の課題です。そんな中、注目を集めているのが、住友林業株式会社(以下、住友林業)、株式会社IHI(以下、IHI)、株式会社Recursive(以下、Recursive) の 3 社が共同で取り組んでいるインドネシア熱帯泥炭地におけるコンサル事業。最新テクノロジーを駆使しながら、真の意味で持続可能な森づくりを目指すというこの取り組みで Google Cloud がどのように役立っているのか、事業を牽引するリーダーたちに話を伺いました。

利用しているサービス: 
Compute Engine, Cloud Storage など

人工衛星や AI など、最新テクノロジーの力で熱帯泥炭地の地下水位をコントロール

今や世界の最重要課題となっているサステナビリティ。Google Cloud は 10 年間にわたって、カーボン ニュートラルという観点からこの課題に向き合い、世界中の組織がカーボンフリーで持続可能なシステムに移行できるよう取り組んできました。そうした中、すでにいくつかの成果を出しつつあるのが、住友林業と IHI が立ち上げ、後に Recursive が加わることで大きく加速した「NeXT FORESTプロジェクト」です。このプロジェクトでは住友林業と IHI が培ってきた技術で、かけがえのない森林や熱帯泥炭地を守り、発展させることを目指します。手つかずの森林の保護だけでなく、既に人の手が入った森も修復し、管理・モニタリングすることで、環境・社会・経済を調和させることが本プロジェクトのゴールです。

住友林業では、地域住民への生活基盤提供も含めた経済的にサステナブルな植林事業と保護価値が高い森林の保全の両立が、ESG の観点において大きな意義を持つと考え、2010 年より、インドネシアでの植林事業を開始。しかし、その実現には想像をはるかに越えた熱帯泥炭地ならではの苦労があったと、住友林業 資源環境事業本部 副本部長 兼 脱炭素事業部長 加藤 剛氏は説明します。

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「かつて水分が 9 割を占める泥炭土壌では植林のために排水する農林業を行っていました。しかし、当時の手法では地下水位をコントロールしきれず、過剰な乾燥の結果、度重なる消火困難な泥炭火災が起きました。実際、2015 年にはエルニーニョ現象による大規模な泥炭火災が発生しており、インドネシア全土で約 260 万 ha もの森林が消失。このとき発生した CO2 は日本の化石燃料由来の年間 CO2 排出量を超えたと言われています。泥炭火災を防ぐには地下水位が 40 cm よりも低くならないように管理するのが有効ですが、地下水位が高くなりすぎると植林木の生育が妨げられるため、年間を通して水位を適切に調整しなければなりません。」

そこで住友林業は自社で管理する熱帯泥炭地を緻密にデータ化。膝まで土中に沈みこむような柔らかい土壌の熱帯泥炭地を約 1,800 km(青森・福岡間の距離に相当)にわたって測量し、約 5 年かけてこれを成し遂げました。同時に泥炭の分布や深さを把握するために 1,500 か所のボーリング調査(穴を掘って地盤の状況や地層境界の深度などを調べる際に用いられる地盤調査方法)、800 か所の地下水位モニタリングも実施し、それを基にした世界的にも類をみない泥炭地管理モデルを確立。2021 年にグラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第 26 回締約国会議(COP26)では、熱帯泥炭地の排水型とは異なる貯水型管理技術、及び熱帯泥炭地が持つ自然資本価値とその評価・モニタリング技術を紹介しています。

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泥炭土壌のボーリング調査の様子(左が加藤氏)

当時を思い返しながら「(調査を)もう一度やれと言われたら、絶対に拒否しますね」と笑う加藤氏。しかし同様の課題を抱える熱帯泥炭地は東南アジアだけではなく、アフリカ、アマゾンなど世界中に広がっています。そこで加藤氏は、人工衛星やドローンを使った観測や AI など、最先端のテクノロジーを駆使することで、この取り組みで得た知見とノウハウをさらに改善しつつ他の土地にも適用できないかと考え、単独でロケットを打ち上げる技術を持つなど、宇宙事業で大きな実績を誇る IHI とNeXT FORESTプロジェクトを立ち上げ、SDGs の実現に向けて活動する多国籍 AI スタートアップ Recursive とのパートナーシップを締結。IHI 航空・宇宙・防衛事業領域 副領域長 並木 文春氏は当時を次のように振り返ります。

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「IHI が培ってきた人工衛星を用いた地上情報のセンシング技術を用いることで、住友林業が確立した泥炭地管理モデルをインドネシア以外の世界中の熱帯泥炭地で活用できるのではないかと考えました。その実現に向け、まず手がけたのが、長らく培われてきた住友林業のノウハウから属人性を排除し、誰でも利用できるかたちにした汎用的な水理モデルの開発です。このとき、加藤氏が強くこだわっていたのが時間をかけずに実現するということでした。10 年かけて精緻な物理モデルを開発しても、その間に多くの自然が失われてしまったのでは意味がありませんから。そこで、AI 技術を用いて開発速度を高めるべく、SDGs に対する強い情熱を持つ優秀な人材を多数擁する、Recursive に声をかけ、我々のプロジェクトに加わっていただきました。」

プロジェクトのゴールは持続可能な森づくりを実現しつつ、これをビジネスとしても成り立たせること。現地には熱帯泥炭地の上で生業を営む住民も多くいるため、環境保護だけを目的にしてもうまくいきません。住友林業の西カリマンタンの取り組みでは 管理地全体の 75% で生態系保全に取り組みつつ、残りの管理地で植林事業を効率的に展開することで真の意味での持続可能な森づくりを実現しました。加藤氏は本プロジェクトを通じて「森を壊して開発しなくてもビジネスとして成り立つことを広めていきたい」と強調します。

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地下水位予測システム イメージ

Compute Engine で必要なコンピューティング パワーを即座に確保

今回のプロジェクトにおいて、AI をどのように開発・活用しているのか、Recursive Co-founder and CEO の Tiago Ramalho 氏は、設定されたゴールまでの道程を 3 つに分け、現在は第 2 フェーズに取り組んでいる最中だと言います。

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「第 1 フェーズでは、住友林業のノウハウを数値化し、気象情報なども含めた自然界のデータとの相関関係、因果関係を理解することで、AI でどこまでできるのかを改めて検討しました。その結果、短期的な予測であればある程度の精度を出せることがわかってきたので、第 2 フェーズでは、実際に現地で水位をコントロールしている方々の経験知をインストールし、機械学習、深層学習などを用いて、適切な水位を保つためにどの変数をどのように調整すれば良いのかを導き出す複数のモデルの開発を行っています。この際、難しかったのは、検討すべき変数があまりに多く、物理モデルの適用には限界があったこと。しかし、現在では複数のモデルを構築していく中で重要な変数の特定とその関わり合いが見え始めてきています。今後はそこから水位を調整するための水路やダムをどのように配置していくのかの見極めや、それによって数日後の水位がどうなっていくのかを予測できるモデルにバージョン アップさせていくことになるでしょう。そして、それを住友林業、IHI が総合的なコンサルテーションとして提供できるようにすることが第 3 フェーズとなります。」

なお、Recursive ではこれら AI の開発基盤に Google Cloud を採用。すでに 100% 再生可能エネルギー対応済みで、2030 年までにカーボンフリーを目指す Google Cloud を AI の開発、運用基盤に活用するということは、サステナビリティに貢献することにもなるのです。そしてその上で、Ramalho 氏は特に Compute Engine の計算力と柔軟性、そして何より地理的な制約がないことが開発の効率化に大きく貢献したと評価します。

「今回のプロジェクトは、すでに存在するモデルに大量のデータを学習させるといった単純なものではありません。複雑な課題解決のため、機械学習の専門家、物理学、地質学の専門家、そして実際の現場に携わっている水理学の専門家らが集い、密接にコミュニケーションを取りながら試行錯誤しつつ開発を進めていく必要がありました。そのため、開発に必要な計算インフラが週ごとに激しく変化するのですが、Compute Engine であれば、​​Container Registry を用いることで、必要な環境を必要に応じて自動で展開できるため、マシンの調達に煩わされることなく快適に開発を進めることができます。また、大量のデータを保存しておくストレージについては Cloud Storage を用いることで柔軟な運用が可能でした。また、世界中から優秀な人材を集め、それぞれの国で働けるようにしたリモート カンパニーである我々にとって、グローバルにデータセンターを有する Google Cloud はありがたい存在です。こうした環境が用意できなければ、今回のプロジェクトに必要な人材を集めることはできなかったかもしれません。個人的にも Google Cloud は開発者フレンドリーで理解しやすく、生産性の向上に寄与してくれると感じています。」

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"ビジネス化" によって世界の気候変動対策を加速

環境と社会と経済を地球規模で調和させていく NeXT FORESTプロジェクト。住友林業と IHI はこの取り組みをさらに強力に推し進めるべく、2023 年 2 月に合弁会社「株式会社NeXT FOREST」を設立。「私はこうした取り組みが無償のボランティアであってはならないと考えています。我々が苦労して集めたデータや、それを基にして高められたノウハウには価値がありますから、それを持続可能なビジネスとして、無理なく回していけるようにすることが大切。環境保護と経済的合理性、両者を両立させ、世界に展開させていくことが本当の気候変動対策につながっていくのです」(加藤氏)、「『熱帯泥炭地コンサルティング』と『質の高い炭素クレジット※の創出』を事業化することで、適切な森林管理を行っている事業者に対して、適切なペイバックがある社会を実現していきたい」(並木氏)としています。

※炭素クレジットとは、 取引可能な温室効果ガスの排出削減量証明

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住友林業がインドネシアで管理する熱帯泥炭地の保護区


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住友林業株式会社
1691 年の住友家による別子銅山の開坑とともに始まった銅の製錬に欠かせない薪炭 や坑木用の木材を調達する「銅山備林」の経営が住友林業の源流。現在は森林経営、木材建材の製造・流通、戸建住宅をはじめとした木造建築請負、不動産開発など、「木」に関わる事業をグローバルに展開している。

株式会社IHI
1853 年創設の「石川島造船所」を起源とする総合重工業グループ。資源・エネルギー、社会インフラ、産業機械、航空・宇宙の 4 つの事業分野を持ち、特に航空・宇宙の分野では独力でロケットを打ち上げられる企業の 1 つとして知られる。

株式会社Recursive
持続可能な未来を構築するための AI ソリューションを提供するサービス プロバイダ。環境、エネルギー、医療、製薬、食品、小売など多岐にわたる業界の知見と高度な技術力、サステナビリティ事業に関する専門知識を組み合わせ、AI のシステム開発やコンサルテーション サービスを提供している。

インタビュイー(写真右から)
・住友林業株式会社
 資源環境事業本部 副本部長 兼 脱炭素事業部長 加藤 剛 氏
・株式会社IHI
 航空・宇宙・防衛事業領域 副領域長 並木 文春 氏
・株式会社Recursive
 Co-founder and CEO Tiago Ramalho 氏


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