テレビ朝日:クラウド スイッチャーを冗長化し、ライブ配信時の障害に備えた対策を実現
Google Cloud Japan Team
株式会社テレビ朝日(以下、テレビ朝日)では、放送局としての放送事業に加えて、株式会社サイバーエージェントと共同でインターネット動画配信サービス「ABEMA」も展開しています。その中で中継やスタジオ技術に関する効率化や新技術の調査研究も行っており、クラウドや AI 技術も積極的に活用しています。今回テレビ朝日では、その一環であるクラウド スイッチャーの開発において、Google Cloud を利用した信頼性の向上に挑戦しました。本プロジェクトを主導したメンバーの 2 人に話を伺いました。
利用しているサービス:
Compute Engine、Virtual Private Cloud(VPC)、Cloud VPN、Cloud Router など
利用しているソリューション:
ライブ配信機材のクラウド化でコスト削減に挑戦、マルチクラウド構成により配信の継続性も向上
テレビ朝日では現在、地上波以外にも衛星放送やインターネット、メディアシティなどの多方面の領域に対して戦略的にコンテンツを配信する「360° 戦略」を展開しています。ABEMA のニュース チャンネル ABEMA NEWS の技術チームでもその一環として、YouTube やニコニコ動画などといった ABEMA NEWS 以外の動画配信サービスに対するコンテンツの配信を積極的に進めてきました。その中で課題として上がってきたのが、配信チャンネルが多様化したことによるライブ配信コストの増加です。
ライブ配信の現場では、複数のカメラやマイク音声などをスイッチャー(映像切替装置)やミキサー(複数の音声を調整する装置)といった専用の機器に接続し、入力を切り替えたり効果を挿入するなどして臨場感のある映像を作成します。これらのライブ配信に使用する機材は配信ごとに個別に必要となるため、通常であればそれぞれの現場に一式を持って行って設営しなければならず、配信のバリエーションが多様になればそれだけコストも増えることになります。
この問題の解決に向けて注目したのが、配信機材のクラウド化でした。テレビ朝日 技術局 技術運用センターの森山 顕矩氏は次のように説明します。
「近年ではスイッチャーやミキサーといった機器のソフトウェア化も進んでいるので、それらをうまくクラウドに持っていってリモートから使えるようにすれば、現場で使う機材を最小限にできて、コスト削減に繋がるのではないかと考えました。そこで、実証実験も兼ねて開発したのがクラウド スイッチャーです。」
スイッチャーは、複数台あるカメラの映像から、出力する動画や音声を選択して切り替える機械です。テレビ朝日では、このスイッチャーの機能をソフトウェアとして利用できる「vMix」を活用し、クラウド上に用意した仮想 PC にこの vMix を展開するという構成で、スイッチャーのクラウド化を実現しました。しかし実際の配信で継続的に使っていくためには、単にクラウド化しただけでは十分ではなかったと、テレビ朝日 ビジネスソリューション本部 IoTv局 IoTvセンター 兼 技術局 設備センターの横山 拓郎氏は語ります。
「スイッチャーは配信の要となる機材なので、もしなんらかの理由で動作しなくなると、配信自体が完全に止まってしまいます。それを防止するために、Google Cloud と他社クラウドの両方にそれぞれクラウド スイッチャーを実装して冗長化を行い、障害発生時にも配信を継続できる環境を構築しました。ニュース配信なども行っている放送事業者としては、配信の継続性というのは極めて重要な要素なのです。」
マルチクラウド構成を実現するためのクラウド基盤のひとつとして Google Cloud を採用する決め手になったのが、使い慣れた Google Workspace や Google のサービスとの親和性が高いことだったと横山氏は説明します。
「vMix ではスイッチングだけでなくテロップ付けなどの編集も行うのですが、その際に、Google スプレッドシートと API 連携してリアルタイムにテロップを作成するというような運用ができます。その他にも、Google ドライブや Apps Script、Firebase などのサービスには日頃から使い慣れたものが多くあるので、それらのサービスとの親和性が高いというのは Google Cloud の大きな強みだと感じました。また YouTube が配信先になるケースが多いのですが、Google Cloud と YouTube 間は Google のネットワーク内で接続されているため信頼性が高く、さらに Google Cloud から YouTube へのトラフィックに料金がかからないというのも魅力的でした。また将来的には、 Speech-to-Text のようなサービスとも連携できるのではないかという期待を持っています。」
クラウド化しても物理的なスイッチャーの操作感を損なわないように配慮
テレビ朝日が構築したクラウド スイッチャーでは、クラウド上にスイッチャー ソフトウェアである vMix をインストールした Windows 仮想マシンを展開し、制作現場から VPN を介して映像信号を転送する構成になっています。複数のクラウド サービスに同じ環境を用意することで、いずれか一方に障害が発生した場合にも、即座に別のクラウドに接続を切り替えることで、配信を継続することができます。
クラウドを利用するにあたっては、映像信号のエンコーディングや転送で生じる遅延をいかに少なくするかが課題だったと横山氏は語ります。
「通常の放送用では SDI という規格の映像信号を使用しているのですが、クラウドで利用するにはエンコーダを設置して配信用の信号に変換しなければなりません。このエンコード変換や、クラウドへのアップロードにかかる転送の遅延を最小限に抑えて、どれだけリアルタイム性を確保できるかが課題でした。転送速度の確保は画質の劣化とのトレードオフという面もあるので、その辺りのバランスは慎重に調整しています。」
スイッチャーのクラウド化では、実際に現場のスタッフが制作作業を行う上での操作性にも配慮し、スイッチャーの操作をソフトウェアのコンソールではなく、USB 接続のコントロール デバイスで行えるようにしていると森山氏は説明します。
「制作スタッフはコントロール デバイスを操作し、その入力信号は VirtualHere という USB デバイス共有ソフトウェアを使ってクラウド側の仮想マシンに転送されます。この構成によって、スイッチャーがクラウド上にあることを意識することなく操作できるようになっています。現場のスタッフは技術者ばかりではないので、クラウド上にあるスイッチャーを操作するために仮想マシンのコンソールを使って欲しいと要求するわけにはいきません。そこで、できるだけ物理的な操作感を損なわず、手元にあるスイッチャーを操作するのと同様の感覚でクラウド上のスイッチャーをシンプルなデバイスで操作できるように工夫しました。」
接続先の自動切り替えや映像の同期により、さらなる安定性の強化を目指す
森山氏は、今回構築したマルチクラウド構成のシステムによって、課題であったクラウド スイッチャーの冗長化が実現可能なことを確認でき、配信の継続性向上を達成できたと語ります。
「最終的な目標は制作環境のクラウド化によるコスト削減ですが、そのためには配信を止めない環境の構築が必須課題であり、Google Cloud の活用によってそれが技術的に可能だと示すことができました。制作環境をクラウド上に構築できるということは、物理的な機材の数や設置場所の制約から解放され、配信に利用できる選択肢が大幅に増えたことを意味しています。これまでは制作現場ごとにすべての機材や人員を用意する必要がありましたが、クラウドであれば自由に機材を増やしてリモートから制作を行えるので、これは大きな成果だと言うことができます。」
信頼性の高いライブ配信環境の構築という目標を達成できた一方で、まだ解決すべき課題も残っています。そのひとつとして横山氏が挙げたのが、接続先のクラウドの自動切り替えです。
「今回構築したシステムでは、接続先となるクラウド サービスの切り替えは手動で行う必要があります。これを自動化して、障害が発生した場合により迅速に対応できるようになれば、配信の安定性をさらに上げることができます。ただし、現状ではクラウド サービス間で映像信号の同期は取っていないので、自動で切り替わるとそのタイミングで映像がずれる可能性があります。そのため、クラウドをまたいでフレーム単位で映像信号を同期する方法についても検討が必要だと考えています。」
その他にも、モバイル端末から直接クラウド スイッチャーに映像を送ることができるような仕組みの実現や、通信量を削減するための HEVC(High Efficiency Video Codec)フォーマットのサポートなどにも挑戦していきたいとのことです。また森山氏は、将来的な映像配信サービスの強化に向けて、SpaceX 社が提供する衛星通信サービスの Starlink にも注目していると語ります。Google Cloud では SpaceX 社との提携によって Starlink の衛星ネットワークから Google Cloud への接続をサポートする方針を発表しています。(参考:Press Release『Google Cloud and SpaceX’s Starlink to Deliver Secure, Global Connectivity』)
「今回構築したようなクラウド上のライブ配信環境に対して Starlink 経由でアクセスできるようになれば、これまで通信が届かなかった山奥や離島のような場所からも、最小限の機材で映像配信ができるようになります。放送局では大きな災害などがあったときでも報道を続けるという使命があるので、衛星通信とクラウド インフラの連携には大きな可能性を感じています。」
横山氏は、自由度の高さが Google Cloud の大きな魅力であり、今後もいろいろな活用方法を模索していきたいと話します。
「実際に Google Cloud を使ってシステムを構築してみて、非常に自由度が高くて、作りたいと思ったものを実現しやすいサービスだと実感しました。今回のプロジェクトでは、Google Cloud の皆さんからもさまざまなアドバイスをいただきましたが、引き続き Google Cloud ならではの機能や活用方法などがあれば教えていただきたいと思っています。」
1957 年 11 月創業。株式会社テレビ朝日ホールディングスの連結子会社であり、関東広域圏を対象としたテレビ放送事業を手掛けている。地上波以外にも衛星放送やインターネット、メディアシティなどの多方面の領域に対して戦略的にコンテンツを配信する「360° 戦略」を展開しており、2016 年 4 月からは株式会社サイバーエージェントと共同でインターネット動画配信サービスの「ABEMA」を運営し、オリジナル番組に加えてテレビ朝日制作番組の続編やスピンオフ企画などの配信を行っている。
インタビュイー(写真左から)
・ビジネスソリューション本部 IoTv局 IoTvセンター 兼 技術局 設備センター 横山 拓郎 氏
・技術局 技術運用センター 森山 顕矩 氏
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