Schroders によるマルチエージェント型の財務分析リサーチ アシスタントの構築
Megha Agarwal
AI Engineer, UK/I Customer Engineering, Google Cloud
Ed Jeffery
Principal Software Engineer, Investment AI R&D, Schroders
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視聴はこちら※この投稿は米国時間 2025 年 6 月 26 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。
財務アナリストは、膨大な市場や企業データの分析、そしてその分析結果を使用した重要なシグナルの抽出や多様なデータソースの統合、企業調査の作成に多くの時間を取られています。Schroders は、世界有数のアクティブ運用会社です。アクティブ マネージャーであるということは、綿密な調査、革新的な発想、そして深い市場理解を活かして投資機会を見極め、レジリエンスを構築しながら高いリターンの獲得を目指すことを意味します。
Schroders は、こうしたアクティブ マネージャーとしての優位性を最大化するために、アナリストがデータ収集作業から価値の高い戦略的な思考に集中できる環境を整えようとしています。こうした戦略的思考は、ビジネスの拡張性やクライアントの投資成果を高めるうえで欠かせない要素です。
この実現に向けて、Schroders と Google Cloud は連携して Vertex AI Agent Builder を使ったマルチエージェント型リサーチ アシスタントのプロトタイプを構築しました。
マルチエージェント システムを使用する理由
Schroders のアナリストは、通常、20~30 社についての詳細な調査を担当し、さらに 20 社ほどの動向を注視しています。新しい会社に関する最初のレポートの作成には数日かかりますが、その大半は質の高いデータの収集に費やされます。この調査を数分に短縮できれば、アナリストはより多くの企業をスクリーニングできるようになり、クライアントにとって有望な投資機会を見つけ出せる可能性が大きくなります。AI アシスタントは、初期段階の企業調査において生産性を大幅に向上させる手段となります。
AI エージェントは、環境を認識して行動を起こし、ツールを使用して特定の目標を達成できるソフトウェア システムです。推論、計画、記憶する能力を備え、意思決定や学習、適応をある程度自律的に行えます。ツールとは、エージェントが環境とやり取りし、高度な機能や外部リソースを利用するための機能です。これにより、エージェントはユーザーの代わりに操作や処理を実行できます。
多くの場合、スタンドアロンの生成 AI モデルは、企業の基礎データや報告書、ニュースの取得と、それらを順序立てて分析し、統合して推論、という複数のステップからなる金融調査ワークフローをうまく処理できません。このユースケースの複雑さを踏まえ、Schroders は以下の特徴を考慮してマルチエージェント システムの構築を決定しました
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専門性: 各分野に必要なツールや知識のみを備え、特定のタスクに特化したエージェントの設計(例: 研究開発エージェント、運転資本エージェントなど)。
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モジュール性とスケーラビリティ: 各エージェントは、独立したコンポーネントとして個別に開発、テスト、更新されるため、開発とデバッグが容易になります。
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複雑なワークフローのオーケストレーション: マルチエージェント システムは、相互に連携するエージェントのグラフとしてワークフローをモデル化します。たとえば、業界の競争状況を分析するために設計されたポーターの 5 フォース分析エージェントは、新規参入の脅威を分析するエージェントなどの子エージェントを、並列または順序的にトリガーします。これにより、計算などの決定的タスクと、要約などの非決定的タスクの依存関係を適切に管理できます。
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ツールのインテグレーションの簡素化: 特定のツールセット(SQL データベース クエリツールを使用する研究開発エージェントなど)を専門エージェントが担当することで、1 つのエージェントが多数の API を管理する必要がなくなります。
Vertex AI Agent Builder の活用
Schroders は、マルチエージェント システムの開発とデプロイのコア プラットフォームとして Vertex AI Agent Builder を採用しました。この選択により、開発を加速させるいくつかの重要なメリットが得られました。具体的には、Gemini をはじめとする最先端の Google 基盤モデルや、多様なツールやデータソースに対応した事前構築済みコネクタが利用可能になりました。


Vertex AI Agent Builder により、ツールとのインテグレーションが容易になり、以下のような情報やリソースを活用できるようになりました。
内部知識: Schroders は、Grounding with Vertex AI Search ツールを利用して Gemini を社内調査メモなどの非公開ドキュメント コーパスにグラウンディングし、エージェントが Schroders の独自データに基づいて質問に回答できるようにしました。
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ツール呼び出しの例:
search_internal_docs(query="analyst notes for $COMPANY", company_id="XYZ")。
構造化データ: アナリストの自然言語による質問をエージェントが SQL クエリに変換し、BigQuery から財務データを取得できるカスタムツールが導入されました。
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例:
ユーザー: 「$COMPANY の直近 3 四半期の収益はいくらでしたか?」-> エージェント -> BigQuery 上で SQL クエリを実行。
一般公開のウェブデータ: チームは、Grounding を Google 検索ツールと統合して、ニュースや市場センチメントなどのリアルタイムの公開情報を処理できるようにしました。
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ツール呼び出しの例:
google_search(query="latest news $COMPANY stock sentiment")。
Vertex AI の柔軟なオーケストレーションは、ネイティブの関数呼び出しと、LangGraph、CrewAI、LangChain などのフレームワークの両方をサポートしています。これにより、チームは特定のフレームワークに移行する前に、関数呼び出しを使用してマルチエージェント システムのプロトタイプを作成できます。さらに、Vertex AI は、Cloud Logging、Cloud Monitoring、IAM アクセス制御、Vertex AI 評価、BigQuery など、迅速なエージェントのガバナンスとマネジメントを支援する Google Cloud の各種サービスやツールとシームレスに統合されています。
Vertex AI の進化により、最新のエージェント開発キット(ADK)やエージェント間通信(A2A)プロトコルなど、マルチエージェント システムの構築をサポートする機能が強化されました。これにより、エージェント開発、製品化、既存のエージェント デプロイとのインテグレーションが、今後さらに効率化される見込みです。
フレームワークの選択と実装のトレードオフ
最も重要な判断の一つは、エージェント オーケストレーションに使用するフレームワークの選定でした。当初、Schroders は ネイティブの関数呼び出しを利用し、Vertex AI Agent Builder に慣れながら、エージェント構築におけるベスト プラクティスを確立していました。このアプローチでは、作業開始が簡単になり、エージェント同士のやり取りやツールの呼び出しを細かく制御できます。その結果、信頼性が高まり、デバッグも容易になります。さらに、単純な線形エージェント設計やワークフローの反復的な開発も加速します。ただし、状態やエラーの管理、依存関係の追跡、再試行や制御ロジックの処理には多くのカスタムコードが必要となり、システム全体は非常に複雑になりました。
個々のエージェントの基盤が整ったことで、Schroders は複雑なタスクを達成に向けて複数のエージェントの統合を検討し、ワークフローの状態管理やエージェント間の依存関係を適切に扱うためのフレームワークが必要であることを早い段階で認識しました。その後、チームはオープンソースのマルチエージェント フレームワークである LangGraph に移行しました。移行の主な理由は、状態管理機能、循環的で複雑なワークフローに対するネイティブ サポート、そして人間参加型チェックポイントの存在です。これにより、エージェントはタスクを完了し、状態を更新したうえで、構成されたサブエージェントに引き継ぐことが可能になりました。採用された親子グラフ構造では、親エージェントと子エージェントの両方の状態管理が必要です。子エージェントはタスクを完了し、親グラフが全体のオーケストレーションを主導します。多くの場合、この構造化された階層は、子エージェントの結果を集約する「サマリー」ノードで終わります。各子エージェントは、ツール呼び出しや AI メッセージを記録した後、最終的な出力を親エージェントに渡します。
主な機能とシステム アーキテクチャの詳細
Schroders のマルチエージェント システムは、直感的で柔軟なエンドユーザー インタラクションを実現できるように設計されています。アナリストは、名前や説明、プロンプト テンプレートの各セクション(目的、指示、制約など)を入力し、使用するツールを選択してエージェントを作成します。たとえば、「X 社の最近の収益と報道論調を要約し、経営陣の業績見通しに変更があれば重点的に示してください」というユーザーのクエリを受け取ったエージェントは、社内ドキュメントや市場ニュースのツールにアクセスする必要があります。エージェント構成は Firestore でバージョン管理されており、作成、読み取り、更新、削除(CRUD)オペレーションの堅牢な管理が保証されています。
「クイック チャット」機能により、ユーザーはエージェントのスモークテストやプロンプトの調整を行えます。テスト済みのエージェントは、利用可能なエージェントのプールに追加されます。ユーザーは、それらのエージェントを組み合わせて「ワークフロー」(複数ステップで構成されるプロセスを表す有向グラフ)を作成できます。たとえば、ポーターの 5 フォース分析を行うエージェントは、事前構築済みエージェントやツール(Vertex AI AutoSxS モデル評価など)に加え、最新情報や社内ドキュメントの分析情報を統合する子エージェントを利用します。
次の図は、エージェント オーケストレーションを行うための Google Cloud アーキテクチャを示しています。


以下はクエリフローの例です。
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ルーター エージェント: ユーザーのクエリを受け取り、Gemini を使用してインテントを分類し、ターゲットの専門エージェントやワークフローを特定します(例: 「XYZ 社の分析」は、ポーターの 5 フォース エージェントにルーティングされます)。
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タスクの委任: ルーターはパラメータをリクエストし、適切なエージェントとワークフローにルーティングします。
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エージェントの実行とツール: 特殊なエージェントがタスクを実行し、API やデータベースなどの構成済みツールと安全なゲートウェイを介して連携します。
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回答: ワークフローの統合結果と個々のエージェントの回答が返されます。
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フォローアップ: 会話履歴は Firestore に保存され、コンテキスト全体が保持されます。
以下は、企業分析を行いたいユーザー向けのワークフローの例です。


この分散型アプローチにより、各コンポーネントがそれぞれの強みに特化して機能し、ユーザーの多様なニーズに対応できる柔軟性が得られます。
パーソナライズとユーザー適応
Schroders のユースケースの中核目標は、硬直化したプロセスを強要するのではなく、アナリストそれぞれのワークフローをサポートすることだったので、パーソナライゼーションが重要でした。これを実現するために、システムはカスタマイズ可能なシステム指示(アナリストやデベロッパーが調整可能な基盤となるプロンプト)を使用しています。テンプレート システムにより、デベロッパーは共通のプロンプト パーツを管理でき、アナリストはビジネス ロジックを制御できるため、部門間のコラボレーションを促進します。さらに、システムはエージェントの構成を個別にカスタマイズできる機能も備えています。アナリストは調査状況に応じて、さまざまなツールやデータソースの優先順位付けや、切り替えが可能です。これらのツールはデベロッパーによって構築されており、PDF ドキュメントなどの基盤ファイルへの直接アクセスは制限されています。一方、チームは温度(Temperature)などのモデル パラメータを公開しており、ユーザーは開発中に微調整や変更を行えます。
成功の測定: エージェントの評価とイテレーション
エージェント システムは、正確性と信頼性を備え、実際に役に立ってこそ価値を持ちます。これらの属性は質の高い投資研究を生み出すうえで重要であり、クライアントの信頼や Schroders のアクティブ運用能力を支える要となります。そこで、Schroders はこの課題に対処するために、Vertex AI の Gen AI Evaluation を使用して多面的な評価戦略を実施しました。このアプローチには、以下の内容が挙げられます。
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自動指標: タスクの成功率、ツールの精度、レイテンシ、リソースの使用量を追跡。
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人間参加型(HITL): アナリストが出力結果の精度、関連性、完全性、簡潔さを確認。
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グラウンド トゥルース データセット: データソースの指定や修正など、構造化されたアナリストのフィードバックを基に構築されたデータセット。
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反復的な改良: データが開発にフィードバックされ、プロンプト、ツールの説明、オーケストレーション ロジックが改良されます。また、新しいエージェントのニーズも特定され、パフォーマンスと信頼性が急速に向上します。
財務分析の新たな未来を創る
Schroders は Google Cloud と連携し、Vertex AI Agent Builder を活用してプロトタイプを開発しました。これにより、マルチエージェント システムが複雑な財務ワークフローにも対応可能であることが実証されました。さらに、特化型エージェント、優れたアーキテクチャ、堅牢な評価手法を組み合わせたことで、アナリストの生産性は大きく向上し、企業分析の所要時間は、数日から数分へと大幅に短縮されました。この成果は、株式調査向け AI リサーチ アシスタントが現実的に開発可能であることを示しています。
この開発を通じて、成功するエージェント構築の鍵となるポイントが明確になりました
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タスクを入念に分解します。アナリストのワークフローを詳細にマッピングし、最小の論理的単位に分割することで、マルチエージェントのロールを明確にします。単一タスク エージェントは、設定された目標の達成に効果的です。
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プロンプト エンジニアリングは重要な要素です。生成 AI の基盤モデルはツール記述に大きく依存しているため、曖昧さが信頼性に影響を及ぼす可能性があります。特に、正確なツール記述を含む効果的なプロンプトが不可欠です。
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ツールの信頼性は必須です。エージェントの性能はツールに左右されます。ツールの不安定さやバグは、パフォーマンスの低下や不正確な出力を招き、投資判断に影響を及ぼす可能性があります。そのため、再試行や回路ブレーカーなどの堅牢なエラー処理を実装し、ツールのデバッグを適切に行うことが重要です。
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エージェントごとに使用するツールの範囲を制限します。誤用を防ぐために、関連性の高いツールを少数(5 つ未満など)に絞ることで、エージェントのパフォーマンスが向上します。
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状態管理は複雑です。複数のエージェントをオーケストレートするには、履歴を慎重に管理し、中間結果を注意深く追跡する必要があります。これには、LangGraph や ADK などのフレームワークが特に有用です。
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上位エージェントを活用します。大きな効果は、過度に複雑な個々のエージェントではなく、複数のエージェントの連携から生まれます。複雑なタスクには、単一の役割に特化した再利用可能な小さなエージェントを構築し、それらが連携して動くよう、インタラクションを丁寧にオーケストレートすることをおすすめします。
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ユーザーの信頼は自然と得られるものではありません。常に透明性と一貫性を維持し、高品質なユーザー フィードバックを活用することで、ユーザーの信頼とエンゲージメントを築くことが重要です。
Schroders は、将来的にプロトタイプをスケールするため、高度な推論を備えたエージェントの追加や、画像やチャートなどの新しいマルチモーダル データタイプのサポートを検討しています。また、エージェント間通信プロトコルによる検出可能性の向上や、ルーチンタスクの自律性の強化も目指しています。
詳細:
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Vertex AI Agent Builder を使用して、今すぐマルチエージェント システムを構築しましょう。
- ADK / Agent Engine / A2A: コラボレーション エージェントの可能性を引き出す
ー Google Cloud、UK/I カスタマー エンジニアリング、AI エンジニア Megha Agarwal
ー Schroders、プリンシパル ソフトウェア エンジニア、Investment AI R&D Ed Jeffery 氏