トヨタ、Cloud Workstations で AI 開発環境を刷新し、開発スピードと効率性を大幅に向上
Google Cloud Japan Team
トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)では、Google Cloud の Cloud Workstations を活用することで、AI 開発環境の構築・管理にかかる時間を大幅に短縮し、開発者の生産性向上と開発環境の維持・管理の効率化を実現しました。
Tech Acceleration Program (TAP) は、ユーザー企業が Google Cloud のクラウドネイティブな技術を活用し、実際のアプリケーション開発を通じて DX を加速させるためのアジャイル型ワークショップです。
今回は 2024 年 3 月に TAP に参加されたトヨタの竹岡様、川島様、後藤様に、Cloud Workstations 採用の取り組みについてお伺いしました。
竹岡 祐太朗氏は、車両製造技術開発部のチームリーダーを務めています。入社以来、車両生産システム、生産指示システムの開発、IT 人材育成などに携わってきました。直近 2 年間は、AI 開発プロジェクトに携わっています。
川島 一馬氏も車両製造技術開発部に所属し、竹岡氏の元で AI プロジェクトを担当しています。2017 年には技能五輪国際大会に日本代表として出場し、その後、2023 年 1 月から AI 開発プロジェクトに参画しました。
後藤 広大氏は、生産デジタル変革室のAIグループ長を務めています。生産本部全体のデジタル化を推進しており、AI 内製プラットフォームの構築と展開をリードしています。2015 年にトヨタにキャリア入社し、車両製造分野における自動化技術の導入などを担当してきました。
利用している主なサービス:
Cloud Workstations, Google Kubernetes Engine など
利用している主なソリューション:
アプリケーションのモダナイゼーション
従来のオンプレミスの開発環境における課題と限界
トヨタでは、AI 技術の活用を積極的に推進しています。2022 年初頭には、生産デジタル変革室が中心となり、AI についての専門知識を持たない製造現場のスタッフでも自ら必要な AI を開発できる「AI プラットフォーム」を内製し、Google Kubernetes Engine(GKE)を使ったハイブリッド クラウド環境で運用を開始しました。このプラットフォームは、GUI ベースで AI モデルを作成し、現場に迅速に展開できるという画期的なもので、専門知識やリソース不足といった課題を解決し、トヨタの AI 活用を推進してきました。
一方、車両製造技術開発部では、車両生産指示システムなどの開発にオンプレミスの仮想マシン(VM)環境を活用していました。しかし、この環境ではいくつかの課題を抱えていました。
竹岡氏は、次のように語ります。「従来の開発環境は、オンプレミスの仮想マシン(VM)が中心でした。しかし、グローバルで 40 もの工場を抱えるトヨタでは、各拠点の構成に合わせた開発環境を VM で準備・管理するのは、リソース面でも運用面でも大きな負担となっていました。例えば、各拠点で異なる膨大なパーツデータを管理する必要があり、拠点ごとに仮想環境を構築・管理するのは非常に困難でした。パーツの種類は1工場あたり数万点にものぼり、全体では 300 万点以上にもなります。これらのデータを扱うには、大容量のストレージと高い処理能力が必要であり、オンプレミスの VM ではリソースが不足しがちでした。さらに、テスト環境を構築する際には、毎回同じ構成の VM を用意する必要があり、その度に時間と手間がかかっていました。」
また、プロジェクトごとに環境を構築・破棄する必要があり、その度に時間と手間がかかることも課題でした。さらに、グローバル規模でバージョン管理を行うのもとても大きな負担を伴う作業で、テスト環境と開発環境の整合性を保つのが難しいという問題もありました。特に、セキュリティを考慮して Kubernetesと NVIDIA GPU ドライバーのバージョンなどのインフラ側の整合性をとりつつ、アプリケーションと機械学習系ライブラリ環境を成立させる必要があり、AI 開発環境特有の複雑な依存関係を考慮した環境構築は、非常に困難で時間のかかる作業でした。
これらの問題は、開発者の生産性を低下させ、開発のスピードを阻害する要因となっていました。例えば、新しいメンバーが開発に参加する際には、環境構築だけで数週間かかることも珍しくありません。プロジェクトメンバーが環境構築を支援する必要があり、その負担も大きくなってきました。また、メンバー間の環境差異によるトラブルが発生し、開発が遅延することもありました。
車両製造技術開発部も Google Cloud をベースとした AI プラットフォームを利用したアプリケーション開発を推進しているため、Google Cloud との親和性が高い Cloud Workstations を新たな開発環境として検討するようになりました。
TAP への参加で、Cloud Workstations 導入に向けた検討を加速
Cloud Workstations は、Google Cloud 上に開発環境が構築されるとともに、ブラウザでVScode などが利用でき、PC への依存なくセキュアにアクセスできる開発環境を提供するサービスです。
川島氏は、導入のきっかけについて次のように語ります。「Google Cloud の担当からの提案もあって TAP に参加しました。そこで、当社の環境や課題に基づいて、Cloud Workstations の導入に向けた設計や運用、導入方法について Google Cloud のエンジニアと短期間で集中して議論しました。TAP でのハンズオンや議論を通じて理解を深め、Cloud Workstations の導入をスムーズに進めることができました。特に、複雑な依存関係を考慮した環境構築が容易になった点は大きなメリットでした。TAP 終了後、Cloud Workstations が我々の課題を解決できるという確信を得て、本格的な導入検討を開始しました。」
後藤氏は、導入の決め手について、「Cloud Workstations が GPU をサポートしていること、そして Kubernetes 環境に適した開発環境であることが決め手となりました。他社の製品も検討しましたが、AI 開発を加速する上で必須となるこれらの要素をカバーして、本番環境を想定した開発環境として構築するのが難しかったため、Cloud Workstations を選択しました」と語ります。
トヨタは TAP で得られた知見を元に、1 ヶ月ほどの検討期間を経て Cloud Workstations の導入を決定しました。導入にあたっては、開発チームと運用チームが連携し、セキュリティ要件や既存システムとの連携などを考慮しながら詳細な設計を行いました。その後、5 月から構築を開始し、約 2 ヶ月で現在開発しているアプリケーションの開発環境に導入しました。この迅速な導入は、TAP で得られた知見や Google Cloud のエンジニアや、Googel Cloud パートナーのスリーシェイクからのサポートによるところが大きかったと言います。
Cloud Workstations 導入による具体的な効果と成果
Cloud Workstations の導入により、トヨタは以下のような具体的な効果と成果を得ることができました。
- 開発環境の構築時間を大幅に短縮: 従来は数週間かかっていた環境構築が、Cloud Workstations では数分で完了するようになりました。これにより、開発者はすぐに開発に着手できるようになり、開発環境構築のリードタイムが大幅に短縮されました。
- 開発環境の維持・管理の効率化: Cloud Workstations では、環境の更新やパッチ適用も容易に行えるため、管理の手間が大幅に削減されました。また、コンテナイメージによる環境の定義によって見通しも良くなり、常に最新の環境を開発者に提供しやすくなりました。
- GPU の検証や並行開発の効率化: Cloud Workstations では、必要な時に必要なスペックのリソースを確保できるため、新しい GPU の検証や複数環境での動作検証の並行開発が容易になりました。これにより、これまで都度ハードウェア調達していた時と比べて、環境構築のスピードを 10 分の 1 くらいに効率化でき、開発者体験をより向上させることが出来ると考えています。
- 開発者体験の向上: 開発者は、場所や端末を選ばずにいつでもどこでも開発環境にアクセスできるようになり、開発効率が大幅に向上しました。また、Cloud Workstations の豊富な機能や高いセキュリティにより、開発者は安心して開発に集中できるようになりました。
TAPにて構築した開発に必要最小限な環境構成
今後の展望: AI 開発の民主化とさらなる進化に向けて
トヨタは、今後も Cloud Workstations を活用し、開発環境のさらなる改善を進めていく予定です。
後藤氏は、今後の展望について次のように語ります。「Cloud Workstations の導入は、開発者の生産性向上に大きく貢献しました。開発者は開発環境の共有と構築が効率化されたことで、より多くの時間を本来の開発業務に充てることができるようになり、AI を活用した内製開発のスピードが加速しました。今後は、Cloud Workstations をベースにした開発環境をさらに活用し、トヨタグループ全体の AI 開発を加速させていきたいと考えています。将来的には、市民開発者やグループ会社など、より多くのユーザーに Cloud Workstations を提供し、AI 開発の民主化を推進していきたいと考えています。また、強力なコード生成やコード補完などが期待できる Gemini Code Assist の検証を視野に入れ、効率的なアプリケーション開発を検証し、開発者体験をさらに向上させて、AIと共存した新しい働き方を実現していきたいと考えています。」
今後も、Google Cloud の最新技術を活用し、さらなるイノベーションを推進していく予定です。
トヨタ自動車株式会社
「可動性(モビリティ)を社会の可能性に変える。」を企業ビジョンとし、自動車の生産、販売を主軸としたさまざまな事業を展開するトヨタグループの中核企業。1937 年設立。2022 年度の自動車販売台数は世界第 1 位(※)となる約 1,048 万台。従業員数はトヨタ自動車単体で 70,710 名、グループ連結で 372,817 名(2022 年 3 月末現在)。
※ トヨタ自動車株式会社 2023 年 1 月 30 日付 ニュースリリース 「2022年 年間(1月-12月)販売・生産・輸出実績」に基づき、トヨタ自動車の 2022 年の世界販売台数(ダイハツ工業、日野自動車を含む)は、前年比 0.1% 減の約 1,048 万台。独フォルクスワーゲングループの発表台数を上回り 3 年連続の世界 1 位となっている。
インタビュイー
車両製造技術開発部 エキスパート
竹岡 祐太朗 氏
車両製造技術開発部
川島 一馬 氏
生産デジタル変革室 AIグループ グループ長
後藤 広大 氏