2025年、AI は各業界をどう変えるか
Carrie Tharp
Vice President, Strategic Industries, Google Cloud
生成 AI は、かつては未来的なアイデアでしたが、今や重要なビジネス戦略へと進化を遂げました。実用化に伴い、さまざまな業界に変化をもたらし、効率性と顧客エンゲージメントを高めています。
※この投稿は米国時間 2024年 12 月 18 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。
2024 年が始まった時点では、生成 AI がまだ現実よりもむしろ空想に近い存在でしたが、今となってはそれを想像することすら難しくなりました。生成 AI は試用段階を経て、現在は数百のエージェントが実際に稼働しています。生成 AI 革命が本格化していることは明らかであり、この革命は今まさに進行中です。Google Cloud の委託を受けて National Research Group が新たに行った調査「生成 AI の費用対効果」によると、全組織のおよそ 3 分の 1 が、まだ生成 AI のユースケースを評価またはテストしている段階です。
生成 AI は単に新しいテクノロジー ツールを統合したものではなく、ビジネス上の強力な差別化要因となるものです。したがって、どのようなモデルを選択するか、どのように成功を測定するか、働き方や組織構造に関連する文化的変化をどのように乗り越えるかなど、考慮すべき点は多岐にわたります。経営幹部はこれまで以上に、生成 AI が持つ将来的なポテンシャルを組織が最大限活かすための AI 必勝法を構築する必要に迫られています。
このプロセスで重要なのは、生成 AI が各業界にもたらす価値を認識し、ビジネスの中核をなすバリュー チェーンと生成 AI の関係性を理解することです。一年を通して、さまざまな会話の中で、真のビジネス価値をもたらす実用的なユースケースを特定する方法に関する質問を頻繁に耳にしてきました。2024 年の初頭に論じたように、経営幹部やビジネス リーダーは生成 AI の幅広い用途を理解していますが、各業界で求められている主要なユースケースや、生成 AI によってすでに収益が増加している主な分野について、より明確な情報を求めています。
その答えを得るために、Google Cloud の顧客である小売、医療、金融サービス、メディア、エンターテイメント業界のリーダーたちに、生成 AI の現状と今後の動向について質問しました。その結果、マルチモーダル AI の活用、AI エージェントの構築、AI を活用した検索の利用、AI を活用したカスタマー エクスペリエンスの構築、ディープフェイクに対する防御戦略の策定という 5 つのトレンドが明らかになりました。
各業界に即時の価値をもたらすユースケースと、今後数か月から数年間にわたる長期的な変革の見通しを明らかにするため、以下ではいくつかの観点を示します。
小売
2024 年初頭では、小売業界における生成 AI の初期試用は数多く行われていれたものの、その多くは付加価値が限られ、パイロット段階を脱することができませんでした。2024 年後半、小売業者はこうした初期のアプローチを見直し、生成 AI が消費者と従業員の両方に価値をもたらす具体的な方法に重点を置くようになりました。その結果、小売業の運用面では成長、効率化、最適化の推進に重点を置いたユースケースが増加しています。
Google Cloud で小売および消費者戦略担当ディレクターを務める Mark Steel は、この変化をユースケースからビジネス ユースケースへの移行と捉え、次のように述べています。「小売業者は、AI 戦略だけを考えるのではなく、AI がどのようにビジネス戦略を加速させられるかに重点を置くようになっています。このように戦略的目標と整合させることで、考えられるすべてのユースケースと領域を闇雲にテストするのではなく、組織内の最優先事項に AI をより効果的に活用できるようになっています。」
より具体的には、小売業者はカスタマー サービス、マーケティング、デジタル コマースなどを短期的な重点領域と定め、生成 AI の検索とエージェントを使用して人材の既存の能力やスキルを強化しています。カスタマー サービス センターでは、通話の音声文字変換の自動化、スマート リプライの生成、顧客からのよくある質問への回答を実現できる AI ファースト ツールの導入が進んでいます。マーケティング チームは生成 AI を統合して、概要の作成、キャンペーン コンセプトのブレインストーミング、パーソナライズされたブランド コンテンツの作成をより大規模に行うのに役立てています。また、これらの機能は AI を活用したカスタマー エクスペリエンスに統合され、パーソナル ショッピング アドバイザーの強化、新製品に関するコンテンツの生成、魅力的で人間のような会話型インターフェースの構築を可能にし、オンライン ショッピングの快適さを向上させています。
まとめると、Steel は、現在進んでいるこれらの取り組みが、長大なコンテキスト機能を備えたGemini などの高度なマルチモーダル モデルを活用して、ビジネスの効率的な実行と運営をサポートできるより高度な AI エージェントを構築する、長期的な変革のユースケースの基盤となると考えています。こうしたエージェントの一例として、顧客に関する詳細な背景知識と小売業者の製品、プロモーション、価格設定を組み合わせて、チャネルやタッチポイントを問わず、顧客が訪問するたびにパーソナライズされたスタイルの提案ができるパーソナル AI スタイリストが挙げられます。
Steel は次のように述べています。「これまで最も大きく進歩した小売業者は、テクノロジーの課題だけでなく、この新たな機会を活かすために必要な変化にも目を向けています。AI には小売業者の業務を根本的に変革する可能性があるため、リーダーは利益を最大化するためにプロセス、組織構造、従来の働き方を変える必要があるでしょう。」
金融サービス
金融サービスは、これまでデータは豊富である一方、分析情報は不足していました。しかし、将来的には生成 AI を使用して不正行為検出、リスク管理、カスタマー サービスなどの分野で価値を引き出し、大きなメリットを得られる可能性を秘めていますただし、この可能性を実現するには、規制遵守、ガバナンス、データ プライバシーに関して解決しなければならない既存の課題が多くあります。そのため、この業界では、現在のユースケースの多くで新たな収益の創出よりもコストの削減と効率化に重点が置かれています。
早期に成功を収めた組織の多くは、生成 AI を活用することで生産性を向上させました。たとえば、AI エージェントと AI を活用した検索の導入による顧客からの問い合わせ対応のスピードと正確性の向上、重大な不正行為アラートのよる迅速な検出からのインシデント対応のスピードアップ、よりスピーディかつスマートで効率的な従業員の働き方の実現などが挙げられます。金融サービス組織では、機能を丸ごと置き換えるのではなく、段階的に生産性を向上させ、既存リソースの効率性を高めるユースケースを求める傾向があります。
Google Cloud で規制業界担当グローバル責任者を務める Zac Maufe は、この傾向を、初期の生成 AI 導入時における試用実験ラッシュで見られたその場しのぎのアプローチへの反動と捉えています。多くの組織は、生成 AI によって日常業務のスピードを向上させるにはどうすれば良いか、生成 AI の効果を最大限に高めるには日常業務にどのように組み込こめば良いのかを理解する必要性に気付き始めています。たとえば、市場調査を行う投資銀行家は、生成 AI を使用してドキュメントの情報を要約するだけでなく、ワークフローを実際に高速化するためには特定のテンプレートで要約を生成する必要があります。
Maufe は次のように述べています。「生成 AI を使用した働き方は従来とは異なるため、このテクノロジーはより総合的なアプローチで開発する必要があることに誰もが気づき始めています。生成 AI は、単なる追加機能として初期状態のまま組み込めばよいというものではありません。使用するには、従業員の働き方に合わせたカスタマイズが少し必要です。」
Maufe は、長期的には、顧客に合わせた金融のアドバイスやガイダンスを提供できる製品やサービスを開発するための重要な構成要素として、生成 AI が台頭すると考えています。金融機関は、セルフサービスへの移行が進む中で、対面で顧客にサービスを提供していた時代と同等の売上達成とパーソナライゼーションに苦労しています。このような状況において、生成 AI には特にオンラインでのカスタマー エクスペリエンスを変革できる大きな可能性があります。生成 AI により、顧客は口座を管理しやすくなり、老後資金計画や不動産購入時の住宅ローンの選択など、より複雑な問題にも対処しやすくなります。
Maufe は、これらの変革的な機能は刺激的であるものの、構築にも規制当局との交渉にもある程度の時間がかかると指摘し、次のように述べています。「データのプライバシーと説明可能性については規制当局の監視が厳しく、ユースケースに適した形式でのデータ取得が依然として課題となっています。結局のところ、収益の拡大が次の課題です。これは数十年かかることはないでしょうが、一夜にして起こるものでもありません。」
医療
規制が厳しくなる医療業界において、生成 AI の取り組みを、生産性と効率性を高めるユースケースから始めています。生成 AI は、予約スケジュールや患者の問診票処理などのルーチン業務のサポートに最適であり、臨床医の事務作業の負荷を軽減する機会を数多く生み出しています。
このトレンドは今後も拡大すると予想されます。Google Cloud で医療業界ソリューションのグローバル ディレクターを務める Aashima Gupta は、次のように述べています。「看護師の引き継ぎや、わかりやすい説明とメッセージの生成など、主な事務処理を支援する AI エージェントを導入する医療機関や医療保険が急増し、最終的にはスタッフが患者の治療やその他のより価値の高い活動に専念できるようになると予想されます。」
医療機関において、短期的にもたらされる価値として最も一般的なユースケースは、臨床運営の迅速化です。たとえば、生成 AI は、臨床文書の作成、保険加入者と医療機関のコミュニケーション、請求処理などのバックオフィス タスクの効率化に使用されています。AI エージェントは、補償範囲に関する問い合わせ、資格に関する質問、請求ステータスに対応するために 24 時間 365 日のサポートを提供できます。また、医療機関によっては、健康保険プランで使用される医療専門用語やコーディング用語を、わかりやすい説明やビジュアルを使い、ターゲットが絞られパーソナライズされたマーケティング 資料を生成するための生成 AI ツールに、多額の投資を行っています。
Gupta は、これらの初期の改善が AI によるさらなる変革に向けた基盤となると考えています。すでに、生成 AI だけでなく、さまざまな種類の AI を組み込んだ長期的なユースケースが形成されつつあります。代表的な例としては、AI を使用した医療へのアクセス強化、放射線科などでの AI 支援画像分析によるスクリーニングおよび早期発見の再構築と、健康を改善するためのパーソナライズされた推奨事項を提供できる AI ヘルス コンシェルジュ、多言語サポート、服用時間のリマインダー、医療の案内などの新しいイノベーションの実現が挙げられます。また、新薬の発見や既存薬の新たな用途開発を支援するために生物学的プロセスをシミュレートする AI モデルも増えています。
Gupta によると、医療における AI の最終的なビジョンは、個人がそれぞれの健康を管理できるようにし、病気の治療だけでなく、積極的な予防にも重点を置くことです。AI は、患者記録、臨床試験、遺伝情報などの膨大なデータセットを精査してパターンを特定し、病気のリスクをこれまでにない精度で予測できます。これにより、より早い段階での介入、より効果的な治療、患者固有のニーズに合わせた新しい治療法の開発が可能になります。
Gupta は次のように述べています。「医療記録、画像処理データ、ゲノム情報などのデータを分析し、示唆に富む要約を導き出すマルチモーダル AI モデルの採用が増加し、パーソナライズされた医療のビジョンに近づいていくでしょう。データ分析と AI の融合は、個人の健康をより深く理解し、真にパーソナライズされた医療への道を開く鍵になります。」
メディア、エンターテイメント
長年にわたり、メディア、エンターテイメント業界では、デジタル トランスフォーメーションを従来型の企業から「メディアテクノロジー」企業への移行と表現してきました。今、この進化は「メディア AI」企業への移行という次の段階へと進もうとしています。2024 年の初頭には、メディア、エンターテイメント業界全体で、個別のチームが正式なトップダウンのアプローチなしに、生成 AI を独自にテストする状況が発生しました。ある顧客はこれを「demo-palooza」と表現しました。
Google Cloud でメディアおよびエンターテイメント グローバル ストラテジック インダストリー担当ディレクターを務める Albert Lai は、このアプローチが、エンタープライズ AI の責任ある使用に関連する明確に定義された優先事項、ガバナンス、明確なビジネス成果を含む戦略に取って代わられているとして、次のように述べています。
「多くの企業は、雑多な情報や複雑な状況にうまく対処し、ユースケースからソリューションへ、アイディエーションから実用化へ、試用から投資回収へと進むことができました。現在は、コンテンツ制作、収益化、オーディエンス エクスペリエンスなど、メディア サプライ チェーン全体に及ぶユースケースと、社内全体のユースケースが見られるようになっています。」
現在、メディア、エンターテイメント業界の最も一般的なユースケースでは、検索と AI エージェントによって企業の生産性を高め、オーディエンスのパーソナライズを強化するポイント ソリューションの導入に重点が置かれています。たとえば、生成 AI の導入によって、サブスクリプションや請求に関する日常的なカスタマー サービス タスクの自動化、バックオフィス プロセスの加速と企業全体のデータへのアクセスの改善、マーケティングの運用効率とコスト効率の向上、ソフトウェア開発ワークフローの合理化、などを実現している企業があります。生成 AI は、マルチモーダルのレコメンデーションや検索を通じてよりパーソナライズされたオーディエンス エクスペリエンスを提供しやすくするほか、吹き替えやキャプション、字幕、音声による説明の生成など、特定のコンテンツのローカライズ タスクも支援します。
長期的には、メディアとエンターテイメント組織は、ワークフロー全体を最適化できる、より強力な生成 AI ソリューションの構築へと移行する可能性が高いです。スクリプト分析からメディア アーカイブ検索のモダナイズ、管理と収益化のためのコンテンツ理解まで、あらゆるコンテンツ制作タスクに関する初期段階の調査がすでに数多く行われています。その他の新たなユースケースとしては、ワークフローへの生成 AI の統合によるストーリーボード、ポスト プロダクション プロセス、メディアのレンダリングのサポートが挙げられます。
Lai は次のように述べています。「生成 AI はメディア、エンターテイメント業界で働く人々に置き換わるものではありません。クリエイティブ チームを強化し、視聴者エクスペリエンスを向上させながら、コストと時間を節約し、収益を拡大するために、生成 AI を責任を持って使用することが重要です。」
各ビジネスに適した AI ユースケースを見つける
ここ数か月で、生成 AI の実行に関する新たな教訓と重要事項が明らかになりました。今後 1 年間で、投資を最大限に活用する AI 戦略を策定した組織は、真の差別化を達成し始めると予想します。そのために主に必要になるのは、各業界で特に大きなチャンスがある領域を把握し、効果を発揮するために適切なユースケースを優先することです。しかし、生成 AI の台頭により新たな課題も生まれています。
AI が高度化するにつれて、悪意のある行為者の手口もより巧妙化しています。AI によって生成された合成メディアであるディープフェイクは、人物の肖像や声を本物そっくりに置き換えることができ、個人と組織の両方にとって大きな脅威となっています。この脅威に対抗するために、組織は AI 戦略の重要な要素として「ディープフェイク防御」を優先する必要があります。ディープフェイクの拡散の検出、被害を軽減するのためのテクノロジーと戦略への投資により、ブランドの評判を保護し、デジタル化が進む世界での信頼を育むことにつながります。
Google Cloud は、AI イノベーションの先駆者としての数十年にわたる経験を共有し、組織が最も困難な課題を乗り越えられるよう尽力しています。具体的には、リーダーが取るべきアプローチや、組織内で堅牢な AI 戦略を策定する方法についての明確なガイダンスとフレームワークを構築しています。たとえば、シンプルな優先順位付けマトリックスを使用して考えられるユースケースを計画し、期待される価値の創出と、予想される実行可能性および実現可能性を比較しています。これにより、顧客は自社の能力を評価し、AI ロードマップを作成できるようになります。
生成 AI は、新しいコンセプトという枠を超えて急速に拡大し、現在ではビジネス目標を達成し、業界を変革するための強力なツールとして位置づけられています。2025 年は、企業が自社の中核となるバリュー ドライバを特定し、生成 AI によるプロセスの見直しを検討し、エクスペリエンスの再構築によって AI 投資に対する収益率を最大化する必要があります。
2025 年の AI トレンドに関するレポート全文は、こちらでダウンロードできます。
-Google Cloud、ストラテジック インダストリー担当バイス プレジデント Carrie Tharp