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Healthcare & Life Sciences

AI と IoT を利用した医療機関における患者のプライバシー保護とインシデント検出の両立

2025年7月10日
Marcel Walz & Erlandas Norkus

Hypros

Dr. Michael Menzel

ML Specialist Customer Engineer, Google Cloud

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※この投稿は米国時間 2025 年 6 月 25 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。

医療機関は私たちの健康維持に不可欠な存在ですが、ストレスや不安の原因となる可能性もあります。医療機関を、患者だけでなく、患者ケアに取り組んでいる献身的なスタッフにとっても、より安全かつ効率的な場にできれば……?テクノロジーによって、転倒の予測や、異変が表れる前の未然の察知など、安全措置がさらに強化された医療機関を想像してみてください。

現在、多くの医療機関は、重要情報をデジタル システムに変換するまでのプロセスが、依然として「紙」頼みです。その結果、非効率性が散見され、時には驚くほど非合理的な事態が発生することもあります。対面での患者モニタリングは標準的なプロセスですが、時間がかかり、不完全で、人為的なミスやバイアスが発生する場合があります。医療機関のスタッフによると、ある患者が午前 5 時にベッドから起き上がった直後に転倒し、午前 6 時 30 分の定期巡回まで発見されなかったという深刻な事例があったそうです。このような事例に鑑みれば、病室内を 24 時間 365 日モニタリングし、リスクの高い状況や緊急事態が発生した際にスタッフに即座に通知するソリューションが必要であるのは明白です。

医療イノベーターの Hypros と Google Cloud は、患者ケアの向上という共通のビジョンのもとに協力し、AI を活用した患者モニタリング システムを開発しました。このシステムは、ベッドからの転落、せん妄の発症、褥瘡(床ずれ)など、入院患者の緊急事態を検知してスタッフに通知します。この革新的なソリューションではプライバシーが保護され、侵襲的なカメラを使用せずに、ケアの優先順位付けを改善し、臨床意思決定のための強固な基盤を実現できます。

AI を活用したプライバシー保護と患者モニタリングの両立

患者を 24 時間 365 日モニタリングする必要があるのは明白とはいえ、このようなソリューションを開発するうえでは、プライバシーと医療従事者の行動に関する重要な懸念が生じます。いかなる患者モニタリング テクノロジーでも、最重要視されるのはケアを受ける患者とケアを提供する医療従事者の両者のプライバシーです。患者の身の回りの環境を調整するといった一見単純なことでさえも、医療機関の衛生ポリシーを厳守する必要があります。これは、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミック中に再認識された教訓です。

個人を特定することなく、あらゆるミスをモニタリングして修正することが重要です。低解像度センサーなどのツールを使用すれば、患者の匿名性の維持と、不公正な判断のリスク軽減が可能になり、ケアの改善に集中できるようになります。このアプローチは特に価値があります。なぜなら、ミスの根本原因は、個人の域にとどまらないことが多いからです。こうしたことから、モニタリングや AI といったテクノロジーの倫理的な導入では、それによって実現する効率性や得られる分析情報が、基本的権利や福祉を決して損なわないようにすることが重要です。

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図 1: Hypros の患者モニタリング デバイス。

患者を継続的にモニタリングするこのアプローチは、2 つの重要なイノベーションが基盤となっています。

  1. 非侵襲的な IoT デバイス: Hypros は、天井に取り付けられる、これまでにないバッテリー駆動型 IoT(モノのインターネット)デバイスを開発しました。このデバイスは、低解像度センサーで最小限の光学データと環境データを取得し、極めて低い解像度でその場面を画像化します。このデバイスは非侵襲的で、匿名性を維持しながらも、患者の環境や状態に関する有意な変化を検出するために必要な重要情報を収集するよう設計されています。

  2. 2 段階の AI ワークフロー: Hypros は 2 段階の ML ワークフローを使用しています。まず、Vertex AI の AutoML を利用してカメラベースのビジョンモデルをトレーニングし、これを使って模擬的な病院環境のシナリオで収集したセンサーデータにラベル付けを行いました。次に、このラベル付きデータセットを使用して、低解像度のセンサーデータを解釈する 2 つ目のモデルをトレーニングします。

次のセクションでは、Hypros がこれらのイノベーションを患者モニタリング ソリューションに実装した方法と、その際の Google Cloud による支援について説明します。

低解像度で有益な情報: 患者のプライバシーを保護

Hypros は、効果的な病床モニタリングを行いながら、患者のプライバシー保護という重要なニーズに対応するために、低解像度の光学センサーと環境センサーを搭載した、取り付け可能な小型 IoT デバイスを開発しました(図 1 を参照)。この革新的なソリューションはバッテリー駆動型なので、必要に応じてベッド周辺のさまざまな位置に、簡単に設置したり移動したりできます。

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図 2: ベッドに横たわる患者が低解像度のセンサーデータで抽象化される様子。

低解像度の光学センサーは患者のプライバシーの保護には効果的ですが、データの解釈と分析を困難にすることもあります。さらに、低いサンプリング レートや環境要因によってデータにノイズやスパース性が発生し、施設内での人の行動を十分に把握できなくなる可能性があります。低解像度の画像、限られたサンプリング レート、環境ノイズによってデータ環境が複雑化するため、有意義な分析情報を抽出するには高度なアルゴリズムと解釈モデルが必要になります。

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図 3: 実際のデータ: スタッフがベッドシーツを交換し、患者がベッドに横になる場面。これは「単純」なシナリオである。

こうした課題はあるものの、Hypros のデバイスは、プライバシーを確保した患者モニタリングにおける大きな進歩であり、個人のプライバシーを侵害せずに、医療機関のワークフローの効率と患者ケアを向上させる可能性を秘めています。

AI を使用した患者モニタリング: 低解像度データの課題を克服

カスタマイズされたパラメトリック アルゴリズムでもセンサーデータを部分的に解釈できますが、複雑な関係性やエッジケースの処理は困難です。一方、ML アルゴリズムには明確なメリットがあり、AI は患者モニタリング システムに不可欠なツールです。

しかし、センサーデータが複雑であることから、AI が患者の重篤な状態の検出方法を自ら学習することは難しく、教師なし学習手法では有用な結果は得られません。また、手動でのデータラベル付けは費用がかさむ可能性があります。厳密なモニタリングでは数秒ごとに測定値が送信され、すぐに大量のデータが生成されるからです。

これらの問題を解決するために、Hypros は、最小限のラベル付け作業で、AI がモニタリング デバイスから各種シナリオを検出する方法を学習できる革新的なアプローチを採用しました。同社は、事前トレーニング済み AI モデルを使用すれば、新しい画像ベースのタスクを学習するのに必要なサンプル数が少なくなり、画像データのラベル付けを簡易化できることを発見しました。しかし、これらのモデルで低解像度センサーデータを直接解釈することは困難でした。

そこで、同社は 2 段階のプロセスを使用することにしました。まず、カメラデータを使用してカメラベースのビジョンモデルをトレーニングし、より大きなラベル付きデータセットを作成しました。次に、これらのラベルを、同時に記録されたセンサーデータに転送し、患者モニタリング モデルのトレーニングに使用しました。この独自のアプローチにより、患者のプライバシーを侵害することなく、転倒やせん妄の初期兆候などの注視すべき事象を確実に検出できるようになりました。

Google Cloud で医療イノベーションを推進

Hypros は、患者モニタリング システムを構築するうえで、特にデータと AI サービスに関して Google Cloud を積極的に利用しました。最初の重要なステップは、AI モデルをトレーニングするための有用なデータの収集でした。

同社はまず、オフィス内に実際の病室環境を再現し、この管理された環境で、さまざまな現実的なシナリオをシミュレートし、データ収集と動画の記録を行いました。この段階でも、各ユースケースに固有の特性が正確に判別されるように、医療機関と緊密に連携しました。

次に、Vertex AI の AutoML を使用して、センサーデータのラベル付けができるようカメラベースのビジョンモデルをトレーニングしました。このプロセスは非常に簡単かつ効率的でした。ラベル付けに使用された最初のカメラベースの AutoML ビジョンモデルは、約 2 週後に、信頼度のしきい値すべてで平均適合率 91% 超を達成しました。すでに注目に値する成果でしたが、ラベル付けの相違によって見かけ上の評価が下がっていたため、実際のパフォーマンスはこれをさらに上回っていました。

その後、病床周辺で録画されたさまざまな動画をラベル付けし、これらのラベルとデバイスデータを関連付けてモデルをトレーニングしました。このアプローチにより、モデルは対応する動画を観察して学ぶことで、センサーデータ シーケンスを解釈する方法を学習しました。動画情報を利用しなかったトレーニング ユースケースでは、パートナーとなった医療機関から得たデータやシミュレーション手法を活用しました。

開発サイクルの速度も、重要な競争上の優位性です。Hypros は、ワークフローおよびモデル開発サイクルのすべてのステップ(図 4 を参照)を、以下の Google Cloud サービスに対応させました。

  • Cloud Storage: すべての元データを保存し、簡単にロールバックできるようにし、継続的な改善のための明確なベースラインを確立します。

  • BigQuery: ラベル付けされたデータを保存し、クエリと分析を容易にします。これにより、適切なデータに簡単にアクセスできるようになり、モデルの反復処理、分析、デバッグ、改良をより効率的に行うことができます。

  • Artifact Registry: ETL とトレーニング パイプラインで使用されるカスタム Docker イメージをホストします。ダウンロード回数の削減、ビルド時間の短縮、ソフトウェア依存関係管理の改善が可能になるため、運用が最適化され、よりスムーズになります。

  • Dataflow ランナーで使用する Apache Beam: 大量のデータを高速で処理することで、パイプラインの速度を維持し、開発時間を最大限に活用します。

Vertex AI: モデル登録、テスト追跡、TensorBoard での結果の可視化を行うための統合プラットフォームを提供します。トレーニングは TensorFlow と TFRecords で行われ、GPU などのカスタマイズされたリソースが使用されます。新しいモデル バージョンを簡単に展開できる、使いやすいデプロイ オプションも用意されています。

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図 4: 使用されているテクノロジーとワークフローを矢印で示したシンプルなグラフ

Google Cloud はペタバイト規模のデータを処理できるため、ワークフローの拡張性は非常に高いと Hypros は考えています。強力かつ柔軟なプラットフォームを利用することで、同社はインフラストラクチャを心配することなく、データ分析情報から価値を引き出すことに集中できます。

さらなる可能性: きめ細かい情報を抽出する

このシステムの開発により、医療機関がセンサーデータと AI を活用することで得られるメリットについて、さらに多くのアイデアが生まれました。継続的な患者モニタリングが役立つ主なケアの領域は、より良い転帰につなげるための患者中心のケア、勤務時間を最適化するためのスタッフ中心のサポート、より安全な空間を確保するための環境モニタリングの 3 つだと Hypros は考えています。

想定されるユースケースには、次のようなものがあります。

  • 人の検出: 人を匿名で検出することで運営を改善します。たとえばベッド占有率を患者フローの管理に利用します。

  • 転倒の防止と検出: 患者の転倒や落ち着きのない行動を検知してスタッフに警告し、転倒を防ぎます。

  • 褥瘡: 24 時間 365 日、患者の動きをモニタリングし、医療従事者が褥瘡(床ずれ)の発生を防ぐために患者の体位を効果的に変えられるようにします。

  • せん妄リスクの指標: せん妄リスクの潜在的な指標となる、光や騒音などの睡眠障害要因を追跡します(最終的な相関関係を把握するには、他のソースからの追加データが必要です)。

  • 全般的な環境分析: 温度、湿度、騒音などの環境データをモニタリングして、将来のよりスマートな建物の対策(暖房の最適化による省エネなど)や、患者のより効果的な回復を実現します。

  • 手指衛生の遵守: 手指消毒の遵守状況を匿名で追跡し、Hypros の手指衛生モニタリング ソリューション NosoEx などと組み合わせて衛生管理を改善します。

同社のシステムは、センサーデータを蓄積する代わりに、高度な AI モデルを使用して複数のストリームからのデータを解釈して関連付けています。こうして、シンプルな元データを、より良い意思決定を導くための実用的な分析情報に変換しています。リアルタイムのアラートにより、緊急事態に対する迅速な対応もできるため、患者は必要な集中ケアをすぐに受けられ、スタッフは最善のケアを提供できます。

患者ケアの今後の方向性

Hypros の患者モニタリング システムは、ドイツのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン大学病院(UKSH)をはじめとする主要機関で、すでに試験的に導入されています。同大学病院の最近のプレスリリースに記載されているように、UKSH は、このソリューションには患者ケアを変革し、運用効率を向上させる可能性があると考えています。さらに、臨床パートナーであるグライフスヴァルト大学医療センターは、アーリー アドプターとしてそのメリットを直接体験しています。

同センターの管理上級医師兼副医療ディレクターである Robert Fleishmann 博士は、その有用性を確信し、次のように述べています。

「せん妄の予防は、患者の安全を確保するうえで非常に重要です。Hypros の患者モニタリング ソリューションは、せん妄の発症に寄与するリスク要因(光の強さ、騒音レベル、患者の動きなど)を 24 時間 365 日分析するための重要なデータを提供してくれます。この革新的なパートナーシップに大きな期待を寄せています。」

こうした好意的なフィードバックと他のお客様の声が、倫理的かつデータドリブンなテクノロジーを通じて患者ケアに革命を起こすという、Hypros の継続的な取り組みを後押ししています。

Hypros は、Google Cloud と緊密に連携しながら、AI とクラウド コンピューティングの力を活用して、プライバシーが保護される患者モニタリング ソリューションの開発に専念しています。このソリューションにより、スタッフ不足や、患者の安全性の向上に対するニーズの高まりなど、医療における重要な課題に直接対処できます。

同社はこれを基盤にして、AI を活用した患者モニタリング ソリューションが世界中の医療システムにシームレスに統合される未来を描いています。そして医療従事者がリアルタイムの実用的な分析情報を活用できるようにすることで、最終的には患者の転帰の向上、リソースの割り当ての最適化、より持続可能で患者中心の医療エコシステムをすべての人に提供することを目指しています。

-Hypros、Marcel Walz 氏、Erlandas Norkus 氏

-Google Cloud、ML スペシャリスト カスタマー エンジニア、Michael Menzel 博士

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