クラウドでの取引: ドイツ取引所グループのクラウドネイティブな取引エンジンから得た教訓
Ferudun Oezdemir
Head of AD Trading Core, Deutsche Börse Group
Moritz Platt
Capital Markets Technology Manager, Google Cloud
※この投稿は米国時間 2025 年 1 月 15 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。
今年に入り、ドイツ取引所グループはクラウドネイティブな新しい取引専用プラットフォームの開発に着手しました。このプラットフォームは、ステーブルコイン、暗号通貨、その他のトークン化されたアセットといったデジタル アセットに焦点を当てて構築されました。しかしながら、この新しいプラットフォームは特定の金融商品に依存しないため、株式から ETF まで、あらゆる種類のアセットを取り引きすることができます。
デジタル アセットの取引プラットフォームの開発は、人気が高まっているこの多様なデジタル投資の世界を受け入れることだけが目的ではありません。分散型システムから生まれたトークンなどのデジタル アセットは、急速に進化し、世界中で 24 時間 365 日取り引きされており、目的に合った取引プラットフォームを必要とします。そのため、新しい取引プラットフォームでデジタル アセットに確実に対応できるということは、あらゆるアセットに対応できることを意味します。
この取り組みは、2023 年に発表されたドイツ取引所グループと Google Cloud の戦略的パートナーシップの最初の大きな成果の一つです。現在、機関投資家による取引は、専用回線接続やコロケーションを利用してオンプレミスで主に行われています。ドイツ取引所グループは、24 時間 365 日利用できるデジタル取引プラットフォームのための新しいクラウドネイティブな取引エンジンと、アクセスのためのクラウドネイティブなインターネット API(より要求の厳しい市場参加者のための将来的な統合パターンとしてコロケーションを使用)を設計し、新たな市場への迅速なロールアウトと低コストでの運用を可能にしました。
国際的な金融商品取引所として、そして革新的な市場インフラストラクチャ プロバイダとして、ドイツ取引所グループは資本市場の公正性、透明性、信頼性、安定性を確かなものにしています。ドイツ取引所グループの事業は、インデックス、データ、ソフトウェア、SaaS、分析ソリューションのプロビジョニングだけでなく、承認、取引、清算を含む金融市場の取引プロセス チェーン全体におよびます。さらに、ファンド、金融商品の決済と保管、担保と流動性の管理などのサービスも提供しています。
また、テクノロジー企業として、当グループは最先端の IT ソリューションも開発し、その IT システムを世界中に提供しています。信用、安定性、信頼性、レジリエンス、整合性、コンプライアンスは、ドイツ取引所グループの事業の礎であり、私たちが 10 か月かけて構築した新しい取引エンジンに組み込んだ重要な特性でもあります。
デジタル市場が求める新たな取引システム
現在、ドイツ取引所グループは、実績ある高パフォーマンスなアーキテクチャを使用することで、Xetra、Börse Frankfurt、Eurex、European Energy Exchange などの取引所やパートナー取引所など、大容量かつ低レイテンシの取引所運営に成功しています。ドイツ取引所グループは、金融とテクノロジーの専門知識を融合させ、そのビジョンを支える知識を持つ適切なパートナーを見つけることにより、ここまでやってきました。
とは言え、ドイツ取引所グループと Google Cloud のチームは、それぞれの分野の深い知識があるにもかかわらず、デジタル アセット取引プラットフォームを一から構築することは困難だと知っていました。この分野はまだ新しく、変化が速いため、適切に機能させるには慎重かつ思慮深い検討が必要となります。
新しい取引エンジンの必要性と、それをドイツ取引所グループの新たなデジタル アセット ビジネス プラットフォームの基礎として最初の構成要素にしたいという願望は、市場構造の変化から生じています。デジタル アセットの世界では、約定リスクを低減するために 24 時間 365 日の運用が求められます。また、市場参加者は、時間や場所を問わず取引を実行できるインターネット接続など、市場へのアクセス方法を選択できることを求めています。API を使用したアクセスや便利な SDK を提供することは、開発者の生産性と一貫した取引フローの双方にとって重要です。まとめると、専用回線接続や独自の統合が最優先されない、デジタル アセットのような市場では、こうした機能が不可欠だということです。
従来の取引アーキテクチャは業界の目的に応じて設計されており、取引量の多い既存の市場に十分に対応できますが、この新しい取引エンジンは、変化し続ける革新的な市場構造向けに設計されています。市場参加者は迅速なデプロイとシームレスな統合を求めているため、市場投入までの時間の短縮を優先しています。クラウドネイティブなプラットフォームは、クラウドの柔軟性を活用してデプロイの迅速化と接続の簡素化を実現することで、このニーズに応えます。これは、より迅速なデプロイと使いやすさにつながり、ダイナミックなデジタル アセットの世界においては重要な利点となります。
最後に、新しい取引エンジンは、こうした新しい要件だけでなく、レジリエンス、フォールト トレランス、高可用性といった一般的なニーズも満たす必要があります。
Google Cloud チームは、Infrastructure as Code、インフラストラクチャ変更の継続的インテグレーションとその継続的デリバリーなど、クラウド リソース管理のベスト プラクティスの導入を優先しました。これにより、エンジニアリング チームは、手動による介入を最小限に抑えて、インフラストラクチャを含む取引所全体を迅速に開発、テスト、デプロイできるようになり、さまざまな構成のパフォーマンスを実験、テストできるようになりました。
全体的なスコープは 2 段階に分けられました。つまり、新しい取引所の迅速なデプロイの実現と、既存の市場を日単位で、さらには同日内にも段階的に変更できるようにすることです。これにより、24 時間 365 日の市場運営が可能となります。
クラウドネイティブな取引システムのアーキテクチャ
Google Cloud チームは、インターネット接続がターゲット市場で選ばれているアクセス パターンであることを認識し、複数市場アーキテクチャを設計しました。このアーキテクチャでは、Google Cloud プラットフォームには直接の上り(内向き)アクセスを使用し、TCP/IP ソケットと WebSocket クライアントの両方からのトラフィックにはグローバル外部プロキシ ネットワーク ロードバランサ(GEPNLB)を活用します。個々の市場環境では、ネットワーク エンドポイント グループ(NEG)と Google Kubernetes Engine クラスタを独自に組み合わせて使用します。このアクセス パターンは、たとえば、市場の流動性が高まり、コロケーションや Dedicated Interconnect を介したレイテンシの低いアクセスを求める投資家が増えた場合、将来的に変化する可能性があります。
このアーキテクチャでは、NEG はグローバルな GEPNLB バックエンド サービスのバックエンドとして機能し、トラフィックは各市場の NEG に適宜ルーティングされます。レイテンシを短縮するため、このアーキテクチャは単一テナント、市場ごとに異なるサブネット、および配置ポリシーを使用して、重要なコンポーネント間の距離を最短に抑え、ネットワーク ホップを削減し、市場参加者にとってのパフォーマンス向上とレイテンシ短縮に貢献します。
セキュリティを強化するため、このアーキテクチャには DDoS 対策として Cloud Armor が組み込まれています。Cloud Armor セキュリティ ポリシーは、DDoS 攻撃を緩和するルールを含め、さまざまなルールをバックエンド サービスに適用します。これにより、不正なトラフィックからアプリケーションを保護し、サービスの可用性を確保します。
このアーキテクチャの中心にある新しい取引エンジンは、当初からヒット アンド テイク市場モデルとリクエスト フォー オファー市場モデルをサポートしています。公正かつ順序正しい取引を保証するため、洗練され、可用性が高く、高パフォーマンスでインメモリのフォールト トレラントなサービスを使用しています。これを実現するには、すべての取引メッセージを厳密な先入れ先出し方式で処理し、順序を維持して、不公正な利益が生じないようにする必要があります。すべての市場参加者に市場とやり取りする機会が平等に与えられることを保証するため、これは特に重要な機能です。
新たな種類の市場のための新たな種類の取引プラットフォーム
円滑な運用と最適なリソース配分を実現するため、チームは Google Cloud のオペレーション スイートを使用して、技術的なすべてのアクティビティを包括的にモニタリングするよう設計しました。これには、取引アクティビティをトラッキングする機能モニタリング(Google Cloud Trace を活用してウェブから来るリクエストのリネージを追跡し、ボトルネックを特定)と、基盤となるインフラストラクチャの健全性とパフォーマンスを確保する技術モニタリングの両方が含まれていました。Google Cloud Monitoring では、アプリケーション サービス指標やリソース使用率など、取引システム スタックのレイヤごとの重要パフォーマンス評価指標を取得しました。
こうしたリアルタイムの分析情報を厳格なパフォーマンス テストやキャパシティ プランニングと組み合わせて、大量の取引を低レイテンシで処理できるようにしました。この組み合わせにより、潜在的な問題の早期の特定と解決、そしてリソース使用率の継続的な最適化が可能となりました。
さらに運用を効率化するために、Google Cloud が提供するマネージド サービス(バックアップやアーカイブなど)を統合することは、インフラストラクチャの管理に Google Cloud を頼りつつ、主要事業に集中しようとするドイツ取引所グループの今後の優先事項となっています。
テクノロジーにより市場へのアクセス方法が進化し、投資できるアセットの種類が増え続けるなか、すべての市場参加者も日々進化し、要求も厳しくなっています。ドイツ取引所グループも同様に進化し、グローバルなお客様の要求に応え続けることのできるサービスを提供する必要があります。
私たちはこの新たなパートナーシップにより、人気が高まっているデジタル アセットの世界だけでなく、あらゆる種類の以前の取引にも対応する未来の取引プラットフォームの基盤を築きました。冗長性、柔軟性、安全性を備えた私たちの取り組みには、あらゆる種類の取引をより円滑で、より速く、より安全なものにする可能性が秘められています。
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-ドイツ取引所グループ、デリバティブ&現物取引 IT 部門責任者 Ferudun Oezdemir 氏
- Google Cloud、キャピタル マーケット テクノロジー マネージャー Moritz Platt