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AI & 機械学習

SIGNAL IDUNA が生成 AI でカスタマー サービスを強化

2025年4月1日
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Anant Nawalgaria

Sr. Staff ML Engineer, Google

Max Tschochohei

Head of AI engineering, Google

※この投稿は米国時間 2025 年 3 月 14 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。

昨今の保険加入者は、以前と比べて保険会社への期待が高くなっており、デジタル サービスがシンプルであること、個人的な問題について相談したいときにすぐにサービス担当者とつながれること、提出した請求書に関して迅速なフィードバックが得られることを求めています。保険会社のほうでは、問い合わせの増加、熟練した従業員の不足、従業員の退職に伴う専門的な知識や経験の喪失により、これらの要求を満たすことがますます困難になっています。

ドイツの大手総合保険会社で、特に医療保険で知られる SIGNAL IDUNA は、迅速かつ正確な対応の必要性が高まっていることを認識し、Google Cloud の生成 AI を活用した最先端の AI ナレッジ アシスタントを導入しました。

SIGNAL IDUNA の顧客、サービス、変革担当取締役である Johannes Rath 氏は次のように述べています。「当社は、他社に先駆けて人間と AI のコラボレーションの可能性を解き放ちました。テクノロジーと対象分野のエキスパートを結びつけてプロセス効率の概念を再定義し、卓越したカスタマー エクスペリエンスを実現しました。」

SIGNAL IDUNA は、Google Cloud、BCG、Deloitte と連携して、サービス エージェントが顧客からの複雑な問い合わせを迅速かつ正確に解決できるようにする AI ナレッジ アシスタントを開発しました。この革新的なソリューションは、Google のマルチモーダル Gemini モデルなどの Google Cloud AI を使用して、エージェントが関連ドキュメントを見つけて包括的な回答を提供するまでの時間を 30% 短縮し、最終的に顧客満足度を高めています。

課題: 昨今の顧客の期待に応える

保険業界の多くの組織がそうであるように、SIGNAL IDUNA も大きな業務上の負担を抱えていました。保険商品の複雑さに加え、迅速かつ正確な対応に対するニーズの高まりにより、サービスのエクスペリエンスに影響するボトルネックが発生しやすくなります。

たとえば、AI ナレッジ アシスタントを導入する前は、サービス エージェントが質問に答えたり、顧客の問題を解決したりするために必要な情報を見つけるまでに、保険約款、保険料情報、ガイドライン、標準業務手順など何千もの社内ドキュメントで、何百もの異なる保険料について手作業で探す必要がありました。このため、問い合わせの 27% は、他の部門や担当者へのエスカレーションが必要となり、解決が遅れ、費用が増加し、評判が損なわれる可能性がありました。

SIGNAL IDUNA は、この複雑なプロセスを生成 AI の主要なユースケースの一つとして優先し、エージェントが顧客の問い合わせ、特に医療保険に関するものに迅速かつ正確に回答できるようにする AI アシスタントを開発しました。この AI ナレッジ アシスタントは、600 を超える異なる保険料に関する 2,000 以上の社内ドキュメントを基に構築されています。エージェントは自然言語で質問して正確な回答を得ることができるため、関連する情報を検索する時間が大幅に短縮されます。

SIGNAL IDUNA の生成 AI システムの詳細

Google Cloud、BCG、Deloitte の協力のもと、SIGNAL IDUNA は Google Cloud の AI プラットフォーム Vertex AI を使用して洗練された生成 AI アーキテクチャを構築しました。また、Gemini 1.5 Pro の長文コンテキスト処理機能を活用して、膨大な数のドキュメント内で適切な情報に迅速かつ正確にアクセスできる AI ナレッジ アシスタントを開発しました。このシステムは、複数のステップで、多様なソースからの広範な情報を集約して処理するものです。エージェントは、顧客からの問い合わせに効果的に対応するために必要となる完全なコンテキストにアクセスできます。

主なステップは次のとおりです。

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エンドツーエンドのアーキテクチャ図

1. データの前処理と抽出

さまざまなドキュメント タイプからナレッジベースを構築します。ドキュメントは通常は PDF 形式で、契約に関するドキュメント、業務手順、一般的な利用規約などがあります。

SIGNAL IDUNA は、Google Cloud Document AI の Layout Parser と PDFPlumber を組み合わせたハイブリッド アプローチを使用して、これらの PDF を解析し、テキスト コンテンツを抽出しています。テキスト セグメントの抽出は Layout Parser が担っていますが、PDF の品質上可能であれば、PDFPlumber がテーブルの抽出を強化します。抽出されたテキストはクリーンアップされ、Google の Gecko 多言語エンベディング モデルによってチャンク化され、追加のメタデータで強化されることで、その後の効果的な情報の処理および分析が可能になります。

ベクトル化されたテキストの保存には Google Cloud SQL for PostgreSQL と、PostgreSQL の拡張機能 pgvector を使用しています。これは、当社のニーズに非常に効果的なベクトル データベース ソリューションです。ベクトル化されたテキスト チャンクを Cloud SQL に保存することで、スケーラビリティ、信頼性、他の Google Cloud サービスとのシームレスな統合といったメリットがもたらされる一方、pgvector によって効率的な類似検索機能が可能になります。

2. クエリの拡張

クエリの拡張では、ベクトルストアからのドキュメントの取得と回答の生成の両面において、ユーザーの質問の構成を改善するために複数のクエリが生成されます。元の質問は、いくつかのバリアントに再構成され、元のクエリ、書き換えられたクエリ、模倣クエリの合計 3 つのバージョンが作成されます。その後、これらを使用して、関連するドキュメントが取得され、最終的な回答が生成されます。

書き換えられたクエリについては、Gemini Pro 1.5 を使用して元の質問のスペルミスが修正されます。また、事前定義された用語の類義語を追加したり、特定の用語(「治療法」「補助具」「wahlleistung / オプション サービス」など)にカテゴリをタグ付けしたりすることで、クエリが拡張されます。選択された保険料に関する情報も、クエリの拡充に使用されます。たとえば、ブランドや契約タイプなどの保険料の属性がデータベースから抽出され、構造化形式でクエリに追加されます。こうした具体的な調整により、特別な料金コードを処理できるようになり、保険料の接頭辞に基づいてさらにコンテキストが追加されます。

模倣クエリについては、Gemini Pro 1.5 を使用して、ソース資料との意味上の類似性を向上させるために、保険に関する専門的なドキュメントの文言を模倣するように質問が書き換えられます。また、会話履歴が考慮され、年齢の書式設定が処理されます。

3. 検索

システムは最初にクエリ キャッシュをチェックします。クエリ キャッシュには、以前に答えた質問とそれに対応する回答が保存されています。同じ質問、または非常に似ている質問が以前に解決していた場合は、キャッシュに保存されている回答が取得されるため、迅速な回答が可能となります。この効率的なアプローチにより、情報への迅速なアクセスが保証され、冗長な処理を回避できます。

キャッシュの精度は、フィードバック ループによって維持されます。正しく回答された質問がユーザーの賛成票によって特定され、キャッシュに保存されます。キャッシュに保存された回答に反対票が投じられると、キャッシュが即座に無効化され、関連性の高い有益な回答のみが提供されるようになります。この動的なアプローチにより、システムの効率と精度が時間の経過とともに向上します。クエリ キャッシュに一致する質問が見つからない場合、検索プロセスはベクトルストアにフォールバックするので、システムは新しい質問にも回答できます。

システムは、クエリ キャッシュまたはベクトルストアから関連する情報チャンクを取得した後、Vertex AI Ranking API を使用してそれらを再ランク付けします。この重要なプロセスでは、さまざまなシグナルを分析して結果を精査し、関連性を優先して、最も正確で有益な情報が提供されるようにします。

検索においては、完全かつ正確な回答を保証することが最も重要ですが、一部のクエリには、ソース ドキュメント以外の情報も必要であることがわかりました。この問題に対処するために、システムはキーワード ベースの拡張によって最終プロンプトを補完し、回答の生成のために、より包括的なコンテキストを提供します。

4. 生成

回答の生成プロセスには、3 つの主要な要素が含まれます。複数のクエリを含むユーザーの質問、取得された関連情報のチャンク、さらにコンテキストを追加する拡張です。これらの要素を組み合わせ、複雑なプロンプト テンプレートを使用して、最終的な回答が作成されます。

サービス エージェントにとって、ニア リアルタイムのエクスペリエンスを提供することは非常に重要です。そのため、SIGNAL IDUNA は生成された回答のストリーミングも行います。AI ナレッジ アシスタントの開発中、入力に基づいてレイテンシを最小限に抑えることは、技術的に大きな課題でした。この課題に対処するため、SIGNAL IDUNA はデータのストリーミングと複数リクエストの処理に非同期 API を使用して、処理時間を短縮しました。現在、このシステムは平均約 6 秒の回答時間を達成しており、SIGNAL IDUNA は、この時間をさらに短縮するために、より高速な新しいモデルをテストしています。

5. 評価

検索拡張生成(RAG)システムを最適化するには、厳格な評価が不可欠です。SIGNAL IDUNA は、Vertex AI の Gen AI Evaluation Service を使用して、回答の質とプロセス全体におけるパフォーマンス(検索など)の両方の評価を自動化しています。これらの自動テストの基礎となるのは、SIGNAL IDUNA のサービス エージェントからのインプットによって作成された包括的な質問セットです。

評価結果は、Vertex AI ExperimentsGoogle Cloud BigQuery にシームレスに流れます。そのため、Google Cloud 上の Looker を使用してダッシュボードを作成することで、パフォーマンスの傾向を可視化し、実用的な分析情報を得ることができます。

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Looker を利用した AI ナレッジ アシスタントの評価について詳しく見てみましょう。

  • チャンクの取得: SIGNAL IDUNA は最初に、関連する情報チャンクの取得を評価します。この段階での指標は、モデルがソースデータから必要な情報をどれだけ効果的に特定し、収集しているかの評価に役立ちます。その際は、再現率、適合率、F1 スコアなどの生成 AI の指標を追跡して、検索プロセスの改善点を特定します。正しい情報を取得することは、適切な回答の生成の基盤となるため、これは非常に重要なことです。

  • ドキュメントの再ランク付け: 関連するチャンクが取得されたら、最も関連性の高い情報が優先されるように再ランク付けします。Looker ダッシュボードでは、この再ランク付けプロセスの効果をモニタリングできます。

  • 生成された回答と期待された回答の比較: 最後の段階では、生成された回答と期待された回答を比較します。SIGNAL IDUNA は、生成された出力の質、精度、完全性を評価し、大規模言語モデル(LLM)を利用して、生成された回答と期待された回答との類似性を評価しています。

  • 説明の生成: LLM の評価の根拠を理解するために、SIGNAL IDUNA は判断の説明を生成しています。これにより、生成された回答の長所と短所に関する貴重な知見が得られ、改善すべき具体的な領域を開発者が特定できるようになります。

この多段階の評価アプローチにより、SIGNAL IDUNA はモデルのパフォーマンスを総合的に把握し、各段階でデータドリブンな最適化を実現できます。Looker ダッシュボードは、これらの指標を可視化するために重要な役割を果たし、開発者がモデルの優れた点と改善が必要な点を簡単に特定できるようにします。

現実世界への影響: AI による効率性と生産性の向上

SIGNAL IDUNA は、AI アシスタントが同社の従業員に測定可能な付加価値をもたらしたかどうかを判断するために、合計 20 人の従業員(社内と外部プロバイダ)を対象にテストを実施しました。このテストでは、AI ナレッジ アシスタントありの場合となしの場合で顧客の要望に対応し、その影響を評価しました。

特に注目すべきメリットの一つは、処理時間の短縮です。以前は、多数のデータソースの検索に時間がかかっていました。このテストの結果、AI ナレッジ アシスタントを使用することで、コアとなる処理時間(情報検索と回答の作成)が約 30% 短縮されることがわかりました。また、専門家の評価により、回答の質が向上していることも確認できました。時間の短縮は、医療保険の経験が 2 年未満の従業員で特に顕著でした。

さらに、AI ナレッジ アシスタントにより、ケースのクローズ率も大幅に向上しました。医療保険は非常に複雑な分野であり、外部サービス プロバイダを利用している場合、すべての従業員が常にすべての顧客の質問に答えられるとは限りません。AI ナレッジ アシスタントのサポートにより、SIGNAL IDUNA のケースクローズ率は 73% からほぼ 98% まで、約 24% ポイント上昇しました。

将来を見据えたスケーリング

SIGNAL IDUNA の CIO である Stefan Lemke 氏は次のように述べています。「SIGNAL IDUNA は、Google と協力して、当社のコア ビジネス プロセスの一つに生成 AI を適用することに成功しました。今後は、この優れたテクノロジーを組織全体に拡大していきます。ツールの規模を拡大するだけでなく、イノベーション、学び、そして達成できることの可能性も拡大するのです。」

生成 AI は、プロセスの最適化と革新的なソリューションの開発に計り知れない可能性をもたらします。SIGNAL IDUNA では、各ビジネスチームが分散的にテクノロジーを試し、カスタマイズされたアプリケーションを開発するという革新的なアプローチにより、次世代の保険ソリューションとサービスの先駆けとなる準備が整っています。

それと同時に、SIGNAL IDUNA は、得られた知見を全社的に拡大し、それぞれのチーム、リソース、部門の力を結集して活用するための一元的な基準を確立しています。この戦略的決定により、コード ライブラリ、インフラストラクチャのブループリント、一元的に提供されるサービスなどの貴重なリソースを作成できました。

確立された標準とベスト プラクティスにアジリティを組み合わせることで、SIGNAL IDUNA は新しい要件に迅速に対応できるようになり、効率性と顧客満足度の新たな基準を打ち立てました。


このプロジェクトは、Google の Max Tschochohei、Anant Nawalgaria、Corinna Ludwig と、SIGNAL IDUNA の Christopher Masch 氏、Michelle Mäding 氏を中心的なチームメンバーとして実現されました。

-Google、シニアスタッフ ML エンジニア Anant Nawalgaria
-Google、AI エンジニアリング担当責任者 Max Tschochohei

 

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