金融サービスのイノベーションで債券取引の新境地を切り拓く
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Matthew Schrager
Managing Director and Head of Automated Trading, TD Securities
確定利付債取引は、債券投資の複雑さゆえに、長い間自動化から遠ざかってきました。TDSAT はクラウド コンピューティングを活用し、その問題に変化をもたらしています。
※この投稿は米国時間 2024 年 4 月 4 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。
これまで、自動化や効率化の対象として扱われてきた株式については、誰もが容易に想像できるでしょう。それは、小説「フラッシュ ボーイズ」で描かれたヘッジファンドの領域に含まれるものです。金融市場の世界では、株式は早くから自動化と定量的モデリングを取り入れ、一瞬のうちにチャンスが現れたり消えたりする超効率的な環境を作り上げてきました。世界の叡智を結集して、何十年もかけて取引システムが構築され、最後の一滴まで絞り出すように、株式市場の効率性が実現されてきました。
別の言い方をすれば、今や株式は退屈なものとなってしまったのかもしれません。
しかし、TD Securities Automated Trading(TDSAT)では、新たなチャレンジと機会を含む、異なる分野に取り組んでいます。
TDSAT が取引する商品は、確定利付債です。
確定利付債という言葉をご存じでない方は、債券を思い浮かべてください。確定利付債は、2024 年に金融界で最も注目される分野のひとつとなっています。
株式をテクノロジーのアーリー アダプターとすれば、確定利付債市場はレイトフォロワーにあたります。債券は歴史的に、電話やチャットを介して、人間同士の間で取引が行われる昔ながらの方法で取引されてきました。その背景には、株式のようなよりシンプルな商品に比べて市場の自動化を困難にしている、債券固有の複雑さがあります。
しかし、状況は変わり始めています。確定利付債は、金融市場における自動化の新たなフロンティアとなりつつあるのです。そして、TDSAT は、Google Cloud を活用し、その改革の最前線に立っています。
TDSAT とは、そして Google Cloud の活用について
TD Securities Automated Trading は、シカゴを拠点とする TD Securities の子会社です。同グループは、確定利付債市場に世界クラスのテクノロジーと定量的モデリングをもたらすことを目標に掲げ、Citadel の元幹部によって設立されたローレイテンシー取引のリーディング カンパニーである Headlands Technologies として、2013 年にスタートしました。その後 2021 年に、確定利付債事業を強化するための買収の一環として、TD Securities に加わりました。
これ以来、同社は地方債市場で最も活動的な流動性プロバイダに数えられ、社債においてプレゼンスを高めています。また、今後も多くの確定利付資産クラスに拡大していく計画です。この成功は、テクノロジーや自動化、定量的モデリングへの継続的な組みによって達成されました。
Google Cloud とのパートナーシップは、その成功への力となっています。Google Cloud を活用することで、データを多用する同社のアプローチに付随する膨大な調査ワークロードを処理するのに十分な能力を備えた、この分野では他に類を見ない調査プラットフォームを構築することが可能となりました。
同時に、クラウドはオンプレミスの自社サーバーと比べて拡張性があるため、高性能なインフラが必要なときにだけ代金を支払うという柔軟性もあります。
確定利付債: 独自の課題、独自のソリューション
すでに述べた通り、債券市場は複雑で、これまでずっと自動化が困難な領域でした。その理由は単純で、株式よりもはるかに多くの確定利付債が存在しているという事実に起因しています。
一般にある企業に関連付けられる株式は 1 つですが、一方で、企業は何百もの債券を発行することができ、それぞれがユニークなものです。地方債市場のような極端な例では、流動性の高い株式がわずか数千であるのに対し、ユニークな証券の数は数百万にも上ります。
こうした細分化された構造のため、個々の債券には一般的な株式をはるかに下回る取引情報しか含まれません。そのため、関連するデータセットは比較的断片的でまばらとなります。活発な株式が 1 日に何百万回も取引される場合がある一方で、通常の地方債は数週間にわずか 1 回取引される程度です。前者の環境で機能するモデリング手法を、後者の環境に単純に適用することはできません。こうした違いが、債券市場を自動化から遠ざける一因となっています。
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例えば、株式の場合、銘柄ごとに取引戦略が存在することが多く、大手ハイテク株に対してはある戦略、大手自動車メーカーやバイオサイエンスの新興企業に対してはまた別の戦略という形になります。計算上、各戦略は独立して扱うことが可能で、並列性を高めることができます。
これとは対照的に、前述のとおり、確定利付債商品では、一般的にこのようなアプローチを支えるだけのデータが十分揃っていません。確定利付債戦略では、すべての金融商品に対して同時に学習を行う場合が多くなります。これによって問題を並列化できる度合いが桁違いに低下し、アルゴリズムの選択、計算インフラ、データ構成などに大きな影響が生じます。
TDSAT の事業は、こうした問題が解決可能であるという信念のもとに設立されました。ただし、その解決のためには、地図もない手探りの状態で、新しい技術と膨大な課題に取り組む必要がありました。
確定利付債分析を自動化するには何が必要か
TDSAT のアプローチは、ローレイテンシー取引における最高水準の手法を構造的に採用してはいるものの、換骨奪胎を経て新たに生まれ変わったものと言えます。Google Cloud のインフラに統計的手法や ML 手法を重ね合わせ、昼夜を問わず何十万ものリサーチジョブを同時並行で実行する処理能力を活用した、非常に定量的かつデータドリブンなアプローチとなっています。
Google Cloud がこれほど優れたビジネス イネーブラーである理由を理解するために、まずは計算処理の観点から私たちのアプローチの基本を説明したいと思います。最も抽象的なレベルでは、同社の課題には次のものが含まれます。
- 定量的調査では 1 日に何十回もの試験を行う。
- 各試験は計算集約的であり、数千の同時実行コアが必要となる。
- 全体的なワークロードは膨大かつ予測不能である。
- すべての試験において、大規模なデータセットへの高速アクセスを必要とする。
その結果、次の具体的なビジネス要件が導き出されます。
- 試験は、研究者の反復サイクルのホットパスにあるため、一つの試験の実時間を最小化することが重要となる。
- 多くの試験を同時に実行し、各試験で多数のコアを使用するため、数十万コアに至る拡張性と、すべてのコアで大規模なデータセットへの高速読み取りアクセスが必要となる。
- 全体的なワークロードがバーストを繰り返すため、必要に応じてインフラをスケールアップおよびスケールダウンできる柔軟性が求められる。
こうした要件をサポートするプラットフォームを構築する最善の方法を検討する中で、私たちは典型的な問題に直面しました。それは、オンプレミスか、クラウドかという問題です。上記のビジネス要件と、コストや製品化までの時間とのバランスに最も優れたアプローチを決定する必要がありました。
Google Cloud のテクノロジーを分析すれば、どちらを選択すべきかは明らかでした。
まず初めに、十分な規模を持ったオンプレミスのコンピュート ファームには、数千万ドルの初期投資と数十万ドルの年間サポートが必要となります。また、サーバーを設置するデータセンターを見つけてハードウェアを調達し、運用スタッフを雇用し、その全部を配線するなど、構築にも時間がかかります。言うまでもなく、オンプレミス アプローチは初期費用が高額でした。
これとは対照的に、Google Cloud ベースのインフラでは、費用を最小限に抑えながら最も実用性の高い製品を迅速に構築するとともに、ビジネスの成長に合わせてシームレスに拡張することが可能でした。ハードウェア リソースは必要なときにいつでも入手できると知っていたため、初日からアプリケーション レイヤに注力することができました。これによって製品化までの時間が劇的に短縮されました。これは、証券取引のように変化の目まぐるしい業界では非常に重要です。
Google Cloud 固有の多くの機能によって、プラットフォームは私たちのタスクに非常に適したものになりました。Google Cloud Storage と Google Cloud Virtual Machines 間の大規模な内部帯域幅により、数十万コアにも及ぶ大規模なデータセットに迅速にアクセスすることができます。柔軟性のある VM タイプのおかげで、例えば Compute Engine C2 インスタンスが利用可能であれば使用するなど、計算の多いワークロードに合わせて最適化することが可能です。プリエンプティブル インスタンスは、ワークロードで VM のサブセットの損失が発生する可能性がある場合に、コストを最適化することを可能にします。Google Kubernetes Engine によって、この大規模なインフラを優れた安定性でオーケストレーションすることが可能です。
そして、この取り組みの中で最も重要に感じた点として挙げられるのは、Google Cloud が私たちを単なる収益源のように扱うことなく、可能な限りシームレスに統合を行うための豊富なリソースと教材を提供し、本当の意味でのコラボレーションを行ってくれたことです。
ゲーム チェンジャー
このプラットフォームへの投資は、著しい成果を上げました。完成以来、当社のビジネスは取引量、ポートフォリオ規模、そして収益性の面で飛躍的な成長を遂げています。最も重要なことは、このプラットフォームによって、何十万もの確定利付証券に対して競争力のある価格を連日提供し、お客様に最適なサービスを提供できることです。
今日では、TDSAT は世界で最も活動的なアルゴリズム債券取引グループに数えられています。この成功を支えたのは、Google Cloud とのパートナーシップでした。
確定利付債の未来は明るいものに感じられます。やがて、より多くの企業が自動化を導入することにより、市場の効率性が高まり、投資家のもとにより良い結果がもたらされることでしょう。TDSAT は、その物語の担い手としてジャーニーを楽しみにしており、重要な役割を演じてくれた Google Cloud に感謝しています。
-TD Securities マネージング ディレクター兼自動取引責任者 Matthew Schrager 氏