持続可能な投資を行うために地理空間分析でポートフォリオの気候リスクを定量化

Google Cloud Japan Team
※この投稿は米国時間 2022 年 7 月 12 日に、Google Cloud blog に投稿されたものの抄訳です。
金融サービス系機関は、気候変動の取り組みにおいて自分たちの役割が極めて重要であることを次第に意識するようになっています。融資や投資ポートフォリオを通して資金を配分する側として、金融サービス系機関は企業の発展や運営のために広い範囲で金融資源を管理しています。
この資本を配分するという責務には、成長の機会とリスク評価の間でバランスを取り、リスク調整後のリターンを最適化することが含まれています。山火事や水不足などの物理的危害を伴う気候リスクの特定、分析、報告、モニタリングは、ポートフォリオのリスク管理の必須項目になります。
クラウドネイティブなポートフォリオの気候リスク分析システムの導入
こうした気候リスクの定量化をサポートする目的で、この設計パターンにはクラウドネイティブなビルディング ブロックが含まれています。金融サービス系機関は、これを活用することで自社環境内にポートフォリオの気候リスク分析システムを導入することができます。このパターンでは、RS Metrics によるサンプル データセットを含んでいるほか、BigQuery、データポータル、Vertex AI Workbench、Cloud Run などの複数の Google Cloud プロダクトも活用しています。その技術的なアーキテクチャを以下に示します。


クラウドネイティブなポートフォリオの気候リスク分析の技術的なアーキテクチャ。
それでは、まず初めにこのパターンのソースコード リポジトリを参照し、その後でこの投稿の以下の部分で、内在する地理空間テクノロジーやポートフォリオ管理のビジネス ユースケースについて深く学んでいきましょう。また、リポジトリ内にある Terraform コードを使用することで、任意の Google Cloud プロジェクトにサンプル データセットとアプリケーション コンポーネントをデプロイすることが可能です。詳しくは README の手順ガイドをご覧ください。
技術アセットをデプロイした後は、以下の手順を行って、パターンの技術的な能力についてより深く知ることをおすすめします。
データセットとポートフォリオのリスク分析に慣れるために、データポータル ダッシュボードの例を確認する(以下のスクリーンショットを参照)
Vertex AI Workbench に移動し、付属の Python ベースの Jupyter ノートブック内で提供されている探索的データ分析を一通り確認する
BigQuery に移動し、このパターンのサンプルデータを直接クエリする


きめ細かな客観的データの重要性
さまざまな気候変動シナリオのもとで気候リスクにさらされる場面を評価するということには、地理空間レイヤの組み合わせ、気候モデルの専門知識、企業活動に関する情報の使用といった事項が関わってきます。製造拠点やオフィスビルのような企業の物理的資産の所在地によって、さまざまな気候リスクの影響を受ける場合があります。施設が砂漠にあれば多大な水ストレスを経験する可能性が高く、海抜が低い場所に建物があれば洪水のリスクが高まります。
資産レベルでの物理的な気候リスクの分析
Google Cloud のパートナーである RS Metrics は、投資可能な上場株を幅広くカバーする ESGSignals® と AssetTracker® という 2 つのデータ プロダクトを提供しています。これらのプロダクトには、生物多様性、温室効果ガス(GHG)の排出、水ストレス、土地の利用、物理的な気候リスクといった、50 の変遷する気候リスク指標および物理的な気候リスク指標が含まれています。こうしたコンセプトを知っていただくために、まずは主要な 2 つの物理的リスクから紹介します。水ストレスのリスクと火災のリスクです。
水ストレスのリスク
水ストレスは資産が利用できる水の量を超えて水を必要とする場合に起こるもので、その結果、水の料金が高くなる場合や極端な例では給水が完全停止する場合もあります。これは資産のユニット エコノミクスにマイナスの影響を与えるだけではなく、資産の閉鎖につながることすらあります。2020 年の CDP のレポートによると、357 の企業に行ったアンケートで、水リスクの潜在的な財務的影響が合計 3,010 億ドルにのぼることが明らかになっています。
また、2020 年の Ceres のレポートによると、資産の位置情報を投資家が把握していない場合、投資家は水消費量の業界平均や流域レベルの水リスクの情報を使って水ストレスのリスクを見積もっていることが明らかになっています。しかし、ESGSignals® では、数百万の個別の資産の流域および副流域レベル、干ばつの重症度、蒸発散量、地表水の利用可能度について気象や水理学に関する変数を統合することで、よりきめ細かなアプローチを実現しています。
では、例として極めて水を集中的に使用する業界である鉱業を見ていきましょう。チリの鉱業省が発表したオープン データセットによると、採掘拠点の 1 つであるチリの Cerro Colorado 銅山では、2019 年に 7 万 1,700 トンの銅を採掘しています。ESGSignals® は、この鉱業資産が著しい水ストレス下にあり、水リスクスコアが最大 100 のところ 75 であることを確認しています。こうした資産では、効率の改善を通して水消費量を削減し、塩分を除いた海水を使用することで、近隣コミュニティの貴重な水資源を守るだけではなく、長い目で見た運用コストの削減にもつなげることができます。


火災のリスク
近年、山火事は甚大な被害をもたらしています。たとえば、2019~2020 年のオーストラリアの森林火災シーズンに、約 1,030 億豪ドルの物的損害と経済損失が生じたと経済学者たちは見積もっています。こうした山火事は、オーストラリアのあらゆる商業オペレーションに安全上と業務上のリスクを突き付けています。
ESGSignals® の火災リスクスコアは、過去に発生した火災、距離、規模を企業の資産の位置(AssetTracker®)と組み合わせて算出しています。ESGSignals® の評価によると、オーストラリアの大多数の鉱業資産は、火災リスクの危険度が中から高となっています。


Google Earth Engine でアニメーション化した、ある企業の 2 つの工場の 100 km 以内で 2021 年に発生した森林火災。資産(a)は火災のリスクが高いと考えられる一方で、資産(b)は比較的、火災のリスクが低い。火災のデータソース: NASA FIRMS。
ポートフォリオ管理に組み込む、資産レベルの気候リスク分析
では、資産レベルでの気候リスクの仕組みについて理解できたところで、ポートフォリオ管理者がどのようにこうした分析をポートフォリオの選択、ポートフォリオのモニタリング、企業のエンゲージメントといったポートフォリオの管理手順に組み込むことができるかに焦点を当てていきましょう。
ポートフォリオ選択
ポートフォリオの選択には、さまざまな投資ツールが必要となる場合があります。スクリーニングの段階では、ポートフォリオ管理者はフィルタ条件を設定して、ポートフォリオに含むまたは除外する企業を選択します。資産レベルの気候リスクスコアは、その他の財務と財務以外の要素とともに、このスクリーニング条件に含めることができます。
たとえば、ポートフォリオ管理者は、資産レベルの水ストレス平均スコアが 30 未満の企業を検索できます。これにより、提示されたベンチマーク インデックスよりも全体的に水ストレスのリスクが低い投資ポートフォリオを作成できます(以下の図を参照)。


ポートフォリオのモニタリング
ポートフォリオのモニタリングでは、まずはポートフォリオ内の既存の保有資産の物理的な気候リスクのベースラインを定めることが重要です。その後で、水ストレス、山火事、その他の物理的な気候リスク指標の変化を見極める定期的なレポートを作成していきます。リスクスコアに重大な変化があればより詳しい分析が行われることとなり、対象のリスク プロフィールに合うポートフォリオに再調整するといった次に取るべき最適な行動が決断できます。


2018 年から 2021 年にかけて実施された火災リスクスコアのモニタリング。企業の 3 つの資産の火災リスクスコアを、低、低から中、中から高に分類。より詳しい時系列分析を確認したい場合は、ソースコード リポジトリを参照。
ポートフォリオのエンゲージメント
一部のポートフォリオ管理者は、株主としての取り組みの中で、または企業の投資家向け広報活動チームとのミーティングの際に、ポートフォリオに含んでいる企業と関与する機会があります。こうした投資家にとっては、気候リスクに著しくさらされている資産をしっかり確認することが大切です。
影響を受ける可能性が極めて高い場所に焦点を当てるために、数百万の AssetTracker のロケーションを水ストレスとまたは火災リスクのスコアで並べ替えることで、ポートフォリオ管理者は上位付近に位置する企業と連携することができます。こうした最もリスクの高い資産に対するリスク緩和の可能性に着目することは、エンゲージメント優先の効果的な戦略になります。


ポートフォリオ管理を超えた展開
資産レベルのアプローチを物理的な気候リスク分析に適用することは、前述のポートフォリオ管理のユースケース以上に有用です。たとえば、商業銀行のリスク管理者はこの手段を使用することで、これから受け付ける、または継続中のローンの評価に対する融資のリスクを定量化できます。また、保険会社もこうした技術を活用することで、新規および既存の保険加入者のリスク評価や金額決定を改善できます。
さらなる分析情報が必要な場合は、BigQuery の地理空間分析機能を介してこのパターンで使用されていた、追加の地理空間データセットを統合することも可能です。GEOGRAPHY にエンコードされたポイントまたはポリゴンなどのデータセットの位置情報は、空間結合で組み合わせることが可能です。たとえば、リスク分析では、AssetTracker のデータを Census Bureau US Boundaries(米国国勢調査局)のデータセットから入手可能な州、群、下院選挙区、郵便番号ごとの人口の情報といった BigQuery の一般公開データと組み合わせることが可能です。
クラウドベースのデータ環境であれば、こういった場面でもそれ以外でも、企業によるサステナブルな分析ワークフローの管理をサポートできます。Google Cloud パートナーの Infosys は、ブループリントやデジタル データ インテリジェンスの資産を提供します。これにより、財務のバリュー チェーン内外で ESG インテリジェンスを活性化させるために、たとえば RS Metrics の地理空間データ、企業データ、デジタルデータなどの情報資産をコネクト、収集、関連付けるといった、安全なデータ コラボレーション スペースでのサステナブルな目標の実現を推進しています。
もっと詳しく知りたい方へ
ESGSignals® を使ったきめ細かな資産レベルのリスク指標の分析については、RS Metrics の最近または今後のウェブセミナーをご覧ください。または、RS Metrics のウェブサイトにこちらから直接アクセスしてください。
Infosys のサステナビリティ サービスについて詳細を確認したい場合は、こちらから Infosys サステナビリティ チームにお問い合わせください。Google Cloud 向けの Infosys ESG Intelligence Cloud ソリューションのデモをご希望の場合は、こちらから Infosys のデータ、分析、AI チームにお問い合わせください。
業界全体で気候変動という厳しい課題の解決に取り組んでいくための最新の戦略やツールについて詳しくは、最新の Google Cloud Sustainability Summit からオンデマンドでセッションをご覧ください。
協力者への謝辞
著者一同は Infosys のコラボレーター、Manojkumar Nagdev 氏、Rushiraj Pradeep Jaiswal 氏、Padmaja Vaidyanathan 氏、Anandakumar Kayamboo 氏、Vinod Menon 氏、Rajan Padmanabhan 氏に感謝いたします。また、RS Metrics の Rashmi Bomiriya 氏、Desi Stoeva 氏、Connie Yaneva 氏、Randhika H 氏、そして Google の Arun Santhanagopalan、Shane Glass、David Sabater Dinter に感謝いたします。
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- RS Metrics、CEO Maneesh Sagar 氏
- Infosys、データ / アナリティクス / AI、シニア インダストリー プリンシパル Aaman Lamba 氏
- CTO オフィス テクニカル ディレクター Jeff Sternberg